六十四話 隣り合う平和の名は
フューレはフランシスの話を聞いても、しばらく黙っていた。しかし、聞こえていない訳ではないのだろう。フランシスの話を聞いて、自分なりにどうすればいいのかを模索しているのだ。
少女は幼かったが、同時に賢かった。人に支えられながら、何時までも腐っている程、愚かな子供ではなかったのである。それでも、しばらく考える必要があったが。
「俺の答えは、俺の答えでしかないがな」
フランシスは追加で一言言ってから、再び沈黙した。その言葉に、フューレが反応して頭を上げた。がしかし、不意に串焼き肉を無言で頬張り始めた。空腹であったのだろう、フランシスもとやかくはいわなかった。軽く口元を拭ってやる必要があったが。
串焼き肉を全て食べ終え、フューレは一息おいてから、フランシスへ問いかけた。
「おじさんの答えは、戦う、だったの?」
「……まぁ、そうなるな。理不尽に対して無抵抗でいたくなかった。だから、戦った」
単純な答えだ。フランシスらしい答えとも言える。理不尽に立ち向かい、抗う。己が身を削り、名も知らぬ誰かの為に斧を振るう。それが彼なりの、やりたい事だ。
「……私は……」
なにをすれば、という言葉は出なかった。フランシスはもうその答えをいっていたからである。自分で考えろ、と。
突き放した言い方だが、自分の道を人に求めて、受け取れたとして。それが何になるのだろう。フューレの生き方をフランシスが決めるということは、ただ空虚な結末が待つだけなのだから、フランシスは聞かれても、答えるという選択肢はないだろう。
「今は、答えられなくてもいい。答えは生きていれば、いつか自然とわかる。……今は、シスターの所に戻ろう、フル」
空になった袋を受け取ったフランシスは、もう片方の手をフューレに差し出した。ごつごつとした無骨なてのひらに、フューレの柔らかなそれが重ねられる。あまりに大きさの違う手を繋いで、フューレは、フランシスと共に歩き出した。
少女の顔の涙は、雑にとはいえ拭かれ。親代わりを失った少女の顔と、何時もの聡明で快活な少女の顔が半々で混じっていた。フランシスはその手を引いて先導し、シスターの孤児院へと足を向けた。フューレの歩幅にあわせた、ゆったりとした歩みであった。
シスターの元へとフューレを連れて行き、建て直した天幕へと帰ったフランシス。顔には不思議と、疲れが溜まっている様にも見える。
というのも、大人として例を示す、という先導者の役割に、フランシスが慣れていなかっただけの話である。隊長として前に立って話すことはできても、幼い少女の導きには自信がなかったのだ。妙な気疲れをフランシスは抱いていた。
フランシスが精神的に疲れる、と言う事は殆ど無かった。その為、訓練や復興の手伝いから戻って来た団員から、珍しい、と言うような視線が先ほどから飛んできている。フランシスはそのすべてを無視した。
そもそも、フランシスの精神的体力と言うものは、並よりも二周り程強いが、それだけだ。ではなぜ疲れにくいのかと言えば、難しい事を基本考えないからである。無意識的に思考を放棄しているからこその、気疲れの無さがある。
たとえば、人の死とは。たとえば、その上に成り立つ自分とは。そういったことの殆どを考えない事で、フランシスは壊れないでいられる。その無意識と言う頑丈な殻を自分の意思でこじ開けて、あまつさえ他人に語って、フランシスも流石につかれたのであった。
「団長、随分お疲れだな」
そうして座ったまま仮眠を取っていたフランシスに、アルラが声をかけた。長い金髪が風に吹かれて揺れている。長く傭兵団にいる間に、アルラは少しだけ背が伸びた。心なしか睫が長くなり、より絵画の様な美しさができている。
ただ、やや乱雑というより、男性的言動は一切の直りを見せていない。フランシスが注意する事はないとはいえ、周りの女性陣から矯正したほうがいい、と言われている筈。つい先日それを口に出したところ、なんと女性陣の前のみ、口調を女性のそれにしているらしい。
智謀と共にちょっとした悪知恵が働くものであるから、困ったものだ。彼はその話を聞いて大きくため息をついた。
それはともかくとして、話しかけられたフランシスはアルラの方に軽く目を向けてから、ああ、と声を出した。何時もよりもやや低音、うんざりしたような声音であった。が、フランシスにそんな気はないのが分かっていて、アルラはふわりとフランシスの近くに座った。
少女、否、少女だったアルラの髪から、くすぐるような不思議な香りがした。
「何かあったのか?」
「慣れない事はするものじゃないな、とな」
技を叩き込むのは得意でも、教え導くのは苦手だ。ハァ、とため息をついたフランシスの姿に、アルラがさも愉快そうにくつくつと笑った。そうして笑いながら、人生を叩き込む訳にはいかないからな、と追記した。
鉄鬼傭兵団はまだ戦ってもいるし、街はまだ燃え朽ちた残骸が残っている。だが、フランシスの望む平和とはそれでしかなかった。互いに笑いあい、助け合う。これ以上、誰かが争いで死ぬ事はない。こうして、何か悩むだけの余裕がある。ただ、日常という名の、隣り合う平和。それだけが彼の望みだった。
フランシスはアルラの言葉に、違いない、と笑った。
転機は、残酷にも訪れた。




