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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
四章 聖戦と呼ぶ事なかれ
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六十三話 ある傭兵の立ち直り方

 風に吹かれて形を変える砂漠は、一時と同じ姿をしていない。常に移り変わり、常に動き回り、決してとどまる事はない。フランシスはそれを眺めながら、そっと歩を進める。片手で持った袋には、何時か買った串焼き肉がある。


 この街の住民は存外たくましく、あの焼肉屋の店主も家が燃えたというのに、驚く事に復興が始まって一ヶ月程度で店を開いていた。


「うちの肉を待ってくれてる奴がけっこういるからよ」


 そういっていた男の横顔は、どこか輝く物があった。


 それはともかくとして、一日戻っていないということは、一日飯の類も食べていない可能性が高く、フランシスが串焼き肉を持っているのもその考えにたどり着いたからであった。


孤独感に苛まれて身を縮め、端とはいえ、砂漠の寒い夜を越したともなれば、下手をすれば病を患いかねない。何か食べてもいないとなれば尚更である。それは、まさか一日帰っていないとは思わなかったフランシスが、少女の下へ舞い戻る一因でもあった。


 少女は先程分かれた時とかわらず、ただ墓標に向かって沈黙したままだった。とても、少女がするような後姿ではないのは確かで、フランシスは黙々とその背に向けて歩く。


 先程の繰り返しの様な光景。しかし今度は、フランシスが横に立っても、少女が反応する事はなかった。ただ、泣き腫らした顔で、墓標を――否。その先の砂漠ばかりを見続けるだけだ。フランシスはしばらくたったまま黙っていた。


「フル」


 不意にフランシスが声を掛けると、フューレは一瞬びくりと震えた。たった今、フランシスに気がついたらしい。フランシスは隣に座り込んで、買ってきた串焼き肉をそっと差し出した。フューレはしばらく差し出されたを呆然と見ていたが、ふと思い出した様にそれを受け取った。


 しばらくそうしてぼうっとしていた二人の沈黙は、フランシスが口を開く事で終わる。


「むこうで……シスターが、心配していた」


 言葉少なに、フランシスが事実だけを簡潔に伝える。彼はそもそも、言葉を飾るのが苦手だった。


 少女はその言葉を聞いても、しばし返事すらせず、ぼうっとしていた。フランシスは瞑目して、少女の言葉を待った。彼は、待つのには慣れていた。だが、いくら待っても、フューレからの言葉は帰って来なかった。


 一人になるのは、辛く苦しいものだ。フランシスはそれを知っている。だからこそ、何度後悔しても足りなかった。何故逃げたのか、何度でも己を責めた。


 自分から一人になるのは、まだいい。独り立ちは、何時か誰にでも訪れるものであるから、踏ん切りもつく。帰ればそこに、自らの家族がいてくれると分かっているから。では、一人にされるのは、どうか。


 辛い中、それでも必死に生き足掻き。故郷へ帰っても、迎えてくれる家族はいない。失う日の夢に何度も何度も苛まれ、耐えられず、腑抜けになってしまったりもする。人に死は何時か訪れるものである。が、だからといって、命の糸が途中から断ち切られ、納得できる者はそういない。


 事実、フランシスは納得できなかった。だからこそ、その理不尽に反旗を翻すかのようにして、戦い抜いてきたのだ。


「ランス、おじちゃん……」


 ようやく、フューレが声を発した。掠れきった声は、未だに涙を含んだ様に震えている。膝小僧に埋められていた顔はひどく腫れていて、以前の可憐さはない。ただ、悲壮感だけが漂う。


「おじいちゃん、死んじゃった」


 あは、と空虚な笑い。涙で赤く腫れた頬が引きつった笑みを描いた。それはあまりにも痛々しい笑みであり、空元気でしかない。フランシスは、懐から手ぬぐいを出して、軽く顔をぬぐってやった。赤く腫れた頬はどうにもならないが、拭かないよりはずっとましだった。


「私、もう、分からないよ」


 何をすればいいんだろう。どうすればいいんだろう。一体、何を恨んで、生きていけばいいのだろう。それは、時間さえたてば、自然と答えの分かる問いだ。


 しかし、少女であるフューレはその例外に入る。すごし方がその人間の人格に強く直結するような時期に、最も近しい人間、家族の消失は、多大な影響を与えるだろう。


「俺にも、明日どうすればいいのかなんて、分からん。無論、フューレの分もな」


 どうすればいいのか。


 それを聞かれて、答えられれば、良かった。しかし生憎と、気のいい返答など、フランシスにはできない。ただ事実でも告げるかのように、目を瞑って言葉を紡ぐだけだ。


「とにかく、今日を生きるので精一杯で。不恰好でも、歩いて行くしかできなかった」


 気付けば、また、今日だ。生きるのに必死にならなければいけない、今日だった。フランシスにとって年月とは、その程度の扱いでしかない。


「昔は前なんて見ても、霧ばかりでな。もがいてもがいて、とにかく進むしかできなかった」


 フランシスには、少女を慰める手段などない。人の死を納得させる事など、この不器用な男に出来る筈もない。彼が出来るのは、自分の場合はこうだったという、経験談だけだった。ふう、と大きくため息を漏らして、フランシスは続ける。


「まぁ、俺が言える事は。とにかく、一度腹いっぱい食べて、好きなだけ寝るべきだ。俺も、立てたのはその後だった。それで、前を見るしかない。後は歩く気になれたら、歩き出すしかないんだ。どこまでもな。俺たちは人の死を引きずって生きるしかない。そんな中で何をやるかは、フル次第だろう」


 彼が何時に無く饒舌なのは、フューレの境遇が、何時かのフランシスに良く似ていたからだろう。






 お腹いっぱいになるまで食べて、ゆっくり眠って。立ち直りなんて難しい事を考えるのは、その後でもいい。私は少なくとも、そんな考えです。戯言です、聞き流してください。


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