六十一話 選択の結果
大火事が発生し、焼け残った材木を、何人もの屈強な男たちが矢継ぎ早に担いで、流れるように荷車へ乗せてゆく。さも当たり前のように、大通りで丸太を担ぐ男は、何を隠そう、精強なる鉄鬼傭兵団が長、フランシスである。
白蜥蜴団による街規模の大火事が発生して早二ヶ月となる。火が雨にて消え、街の六割が燃えたという事態に、呆然とした様な国民達。そんな中真っ先に立ち上がったのは、意外と言うべきか、砂漠に木を植える少女、フューレであった。
誰に何を言う事もなく、がらくたの山と化した街を解体し始めた少女を見て、まるで思い出したかの様にして動き出した民衆の目に、ともかく今日明日を生き延びなければ、という前向きの感情が見て取れた。
それらを支援する様にフランシス達も動き出す。人員を裂いて瓦礫の撤去を手伝い、衛兵隊が再結成されるまでの治安維持も請け負った。炊き出し等も行い、ともかく、街としての機能が一日でも早く復旧するように行動した。
鉄鬼傭兵団内でのみの公然の秘密でもあるが、こうなったのは自分たちのせいでもある。これに関しては、団員たちも様々な感情を抱いてはいたが、各々の考えでフランシスからの復興の手伝いの申し出を断る様な事は無かった。
「団長さーん! こっち、こっち!」
フランシスはその声にハッとして、通り過ぎた収集場所へと振り返った。どうもぼうっとしていたらしい。フランシスは頭を片手で掻きながら、歩いて瓦礫を集めている場所へと戻る。この丸太はそこまで傷がついている訳でもないから、再利用も可能な筈だ、とフランシスが説明している間にも幾つかの瓦礫が運び込まれた。
なんにせよ、瓦礫を撤去していかないとにっちもさっちも行かない。フランシスは再利用できそうな材木の付近に転がすと、次の瓦礫は、と思って立ち上がった。そこへ、先ほど呼んだ声の主――全焼した雑貨屋の店主だ――が話しかけた。
「あ、団長さん。むこうでフューレのお嬢ちゃんが呼んでたよ。全く、ランスって一体誰のことかと思ったよ」
そうか、と返事して軽く会釈した後、フランシスはその場を去った。団員はまだ何人かせっせと働いてはいるが、そろそろ休憩、炊き出しの時間になる。フランシスが去ってもさしたる支障はないと思えた。
フューレは二ヶ月前のあの日から、名が町中に浸透している。
"保護者のいない"少女が、もっとも最初に立ち上がったのだと、そんな話が広まったからである。事実、フューレの身は現在、孤児院に預けられている。自分から孤児だと言って孤児院に入ったのだと、フランシスは聞いている。二ヶ月前から、フランシスはフューレの話を聞いた訳ではないから、人づてに聞いた話であった。
風に乗って運ばれてきた砂を踏みつけて、頑丈なブーツがざりっと音をたてた。フランシスの足は彼自身の考えよりも速く動いている。このまま、まっ直ぐに砂漠に出る事になるだろう。その先に、老人と少女が、たった二人で木を植えていた場所がある。
不意に、足音が止まる。乾いた砂ばかりが風に巻き込まれてフランシスの顔を軽く叩いた。が、フランシスはそれを無視して、目の前に立っている物と、その前にしゃがみこむ少女を見据えた。
「ランスおじちゃん。久しぶり、だね」
背中を向けたまま、フューレが独り言の様に呟いた。フランシスは答えずに、更に歩みを進めて少女の隣に立った。不思議と、フランシスはそれが何か分かっていた。
それは、墓標なのだろう。燃えた跡が残る材木を使って建てられたであろうそれは、十字の形をして、確かに砂に突き刺さっている。文字は石か何かを使って彫られたらしい。フランシスの知らない言葉であったが、辛うじて名前の部分だけは読めた。その言葉を教えた、本人の名前であったからだ。
「……ドゥークおじいちゃん、死んじゃった。家が燃えた時に、私を押し出したせいで、時間がなかった……」
フランシスぼそぼそと呟く声を聞きながら、呆然とした。この少女を置いて、あの老人、ドゥークが逝ってしまった。無意識下に、生きているものだと思っていた。フューレは最初から孤児院にいたのだと、思い込んでいた。フランシスも、思わず少女の隣に座り込んだ。
何か言わなければと口を開いたが、フランシスの声が喉から出てくる事はなかった。どう言えばいいのか、何を言えばいいのか、分からなかったからだ。
「……そう、か」
何とか喉から押し出した言葉は、風に吹かれて消えるかと思うほど、小さな声だった。
彼の老人の背中は酷く大きかった。フランシスの様な戦う者の背中でありながら、血なまぐささを一切感じない、正に父の大きさと強さだったと言えよう。フランシスにはそれが酷く羨ましくて、一種の憧憬の様な物を覚えていた。
死んだ。死んだ。死んだ。死が当たり前の世界の住人であるフランシスは、その言葉が酷く頭を回った。
「ねぇ、ランスおじちゃん。私、どうしたらいいのかな。これから、どう、や、やって……!」
言葉の途中で、自分の膝に顔を埋めて泣きじゃくるフューレ。フランシスは父になった経験がなく、ただ傍にいて、泣き止むまで待ってやる以外に出来なかった。それがフランシスには酷く悔しく、爪が食い込むほど強く拳を握り、なんでもないようにして、もう片手でフューレの頭を撫でていた。
これは、自らの選択の先。そう思って、フランシスは墓標をじっと見た。供えられた花の一輪が、ふわりと風に吹かれて揺れていた。




