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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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五十七話 相成れぬ刃

「……待ってはいなかったよ、フランシス」


 優男然とした男は、椅子に座ったままフランシスを見ながら、手を左右に広げた。極平素な振る舞いであったが、その手に剣と盾があること、死骸が部屋にあることを含めると、異常極まりない光景であった。


 フランシスは構えを解かず、じっと男を見ていた。高級そうな白い衣装に身を包んだ男は、どこか高慢な雰囲気を持っている。自分の周りを全て見下しているかのような、そんな印象。気のせいと言われればそれまでなのだが、フランシスはこの手の人間が得意とは言えなかった。


 金と言うにはやや薄い、プラチナブロンドの髪。長めな髪は、その財力を表すかのようである。釣り目気味な目には侮蔑の色が宿り、それはフランシスへと向けられている。その手に持った剣には、いくらかの血が付いたままであった。


 どう見ても、只人(ただびと)ではない。フランシスは警戒を更に深くしながら、その男へ向けて声を発した。


「お前が……アルセオ・リベリオか」

「お前、貴族に対しての礼儀がなってないな。……あぁ、そうだよ。僕が名高き、リベリオ男爵家長男、アルセオだ」


 そうニヒルに笑って見せた男、アルセオは、おもむろに立ち上がり机の前へ回った。その手には剣と盾がそれぞれ持たれたままで、まるで転がっている死体など見えないかの様に立ち振る舞う。それがフランシスには不快だった。


 唐突にアルセオが笑みを消し、死骸を蹴り付けた。無数のハエが一斉に飛び立ち、騒音を伴って扉の外へ出て行く。死骸は蛆がたかっており、死んでからどれだけ時間がたったのかを物語っている。フランシスは衝動的に前へ踏み出しそうになり、無理矢理にそれをおしとどめた。


「この間、腹いせ交じりに捕まえてきたんだけど、存外早く死んじゃってね」


 フランシスは、人の死をこうもあっさり踏み潰す存在に出会ったのは、これが初めて――ではない。アルセオの様に腹いせに、快感を得る為に、やり場のない怒りを向ける為に、そして自分の優越感を満たす為に。そんな輩には、フランシスはごまんと会ってきたのである。


 時には、敵として。時には、味方として。拳を強く握り締めて、作戦行動中だと耐えなければならない事もあった。


 人の死を、命を、何だと思っているのだろうか。自然、フランシスの斧を握り締めた手に力がこもり始める。目はきつくアルセオを睨み続けている。だが、まだ殴り掛かるような事はしなかった。


「アルセオ・リベリオ……貴様は、盗賊団の頭領か。不明瞭な言葉は肯定とみなす」


 フランシスの怒気をこもった言葉を聞いても、アルセオは動じる事もなく、ゆっくりとその剣を構えた。そして、その口を開く。


「短気な野蛮人め。ああ、確かにこの場を取り仕切っているのはこの僕だ」


 この場を取り仕切っているのは、という言葉に、フランシスは一瞬疑問符を浮かべた。しかし、その気に掛かる言い方を言及しようとしたその刹那、フランシスは殺気を感じて飛びのいた。開いた空間を、横薙ぎに振り払われた剣が通過する。


 フランシスも咄嗟の事ながら負けじと踏み込み、片手斧を薙いだが、それは盾で受け流された。フランシスの重撃を受け流せるのは、フランシスと同程度の技量か、もしくは剛力を持つ場合のみだ。


 お互いに一歩飛び退き、睨み合った。アルセオの目にはギラギラとした光が宿り、殺意がその全身から迸っている。ニヤリと笑ったその顔は、自分の負けを考えていないかのようである。


 これ以上話す気はないのだろうと判断したフランシスは、静かな怒気を口から吐き出し、名乗りを上げる。


「……鉄鬼傭兵団が長、"黒金剛"、フランシス」

「ふん。"血剣"アルセオ・リベリオ。いざッ」


 言うが早いか、一足飛びにアルセオが飛び出す。首を狙って突き出された小剣(ショートソード)を辛うじて丸盾で受けたフランシスは、追撃を許さず蹴りを放った。しかし、それは逆に盾で受けられ、再びアルセオが後ろへ下がった。


 先制を取られたのは、フランシスが油断していたというだけではない。アルセオが、尋常ではない速さの持ち主である事も一因であった。フランシスは無言のまま、ほんのわずかに冷や汗をかいた。


 アルセオの初動――小剣による突き。極初歩的な動作でありながら、フランシスにはその初動が見えなかった。飛んでくる太矢(ボルト)すら見切るフランシスに、見えない。となれば、単純に考えても、ボウガンの矢を凌ぐ速度で動いたという事である。信じられない速さであった。


 小剣はその名の通り短い。とはいっても、それは騎乗用の長剣と比べればの話であるが。それでも、短槍(スピア)の届かない距離を埋める程の長さはない。鎧の類を鎖かたびらしか装備していない事を考慮しても、一度の踏み込みの距離も尋常ではない。


 事実、蹴りこそ出せたものの、フランシスが斧を振るう程の余裕すらなかった。


 だが、勝たなければ。アルセオが傭兵団にとって唯一の突破口であり、足元に転がる名も知らぬ誰かの仇でもあるのだから。フランシスは喉の奥から声を張り上げた。

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