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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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五十六話 からの屋敷の主は一人

もうしわけない、遅れました。

 アルセオ・リベリオ邸に到着したフランシス達は周辺警戒を怠らずに一旦の休憩を取る。三分とない休憩であっても、傷の手当には十分だ。包帯を巻き、調子を確認する。フランシス自身、痛みなどを考慮しても、戦闘に支障がでることはないだろう、と判断した。


 そうして、フランシスは再びその屋敷を睨みつける。近辺の炎で明るく照らされた二階建てのそれは、まるで血塗れたように赤く見える。実際に赤い訳ではないが、炎の明かりはすべてを赤く染めてしまうのである。


 その不気味な光景を見ながら、フランシスは残り一本となった片手斧を抜いた。どちらにせよ、屋内戦になるのであれば、長柄斧は振り回せない。片手斧で戦うのは久々であったが、フランシスも鍛錬を怠るような事はしなかった。


 周辺警戒を行いながら、フランシスは四十名の隊を半分に分けた。自分を含めた十五名は表口、残りの二十五名を裏口へと回した。窓からの逃走もありうるが、これ以上分けると襲撃に対し対応できない可能性が高い。


 これ以上、仲間から死者を出す気が無かったフランシスは、ただ斧と丸盾を久しぶりに握り締めて、表の玄関をノックでもするように蹴り砕いた。木製の扉は、フランシスの尋常ならざる脚力と鉄が底に張られたブーツによって、いとも簡単に砕けた。


 フランシスに遠慮する気はなかった。そんな余裕もなかった。アルラの見立てが間違っていて、アルセオ・リベリオが何の罪もない一般人だったとして、その時は自分が責任を取る。そんな心持でいたのである。


 蹴り破られた扉の残骸が、蝶番(ちょうつがい)に支えられて揺れている。それを横目に、フランシスを先頭にして、表口攻略隊がリベリオ邸へとずかずかと侵入した。


 不気味だと、誰とも無く呟いた。フランシスが蹴破った扉の先の玄関は、しかし、しんと静まりかえっていた。屋敷の護衛もいない。騒ぎを聞きつけたような執事、侍女の類も一切来ない。不気味なほどに静かで、ひどく息苦しい静寂がそこに満ちていた。


 不安げにお互いの顔を見合った団員達を、フランシスは進むぞ、と言って半ば強引に中へ入らせた。何が待ち構えていても、フランシスには踏み砕く対象でしかなかった。


 扉を蹴り砕いてしまった手前、今さら足音を潜めても意味はない。フランシス率いる討伐隊はずかずかと、遠慮せずリベリオ邸一階を探索した。しかしそれは、意外にも"生活臭無し"という結果に終わった。


「誰も生活した跡がない……と?」

「はい。調度品どころか、家具さえ見当たりませんでした」


ますます、不気味な館という印象が強くなる。れっきとした貴族の家に、調度品どころか家具さえないなど、ありえない。別荘などであれば、使っていないから家具もない、という事もありえるが、まさか発言権を持つ貴族議員の屋敷がこんな有様(ありさま)な筈はない。


 となると、何かあったのか、もしくは――そもそも、ここを本邸とする必要が無かったのか。


 裏口からの攻略隊と合流したが、表口攻略隊と同じく、人っ子一人見つける事もなく、調度品や家具の類も一切無かったと言う。結局、一階部分は何の成果も無かった。


 もしかすると、全て持って先に逃げてしまったのかもしれない。フランシスは顎に指を添えて考えた。町に火を付けたのが、アルセオ・リベリオ逃走の為の時間稼ぎであったのなら、調度品も家具も、従者の類の一切が無いことも辻褄があう。


「……俺が二階へ行こう」


 なんにせよ、進むしかない。フランシスは吐き捨てる様に呟いて、仲間達を一階において警戒させ、一人で二階へと向かった。


 あまり大人数で向かっても、なんらかの不足の事態で撤退しなければならないとき、引っ掛かってしまう。フランシス一人ならば、窓を突き破って逃走も可能であるがゆえの、単独行動であった。


 フランシスは左手にくくりつけた盾を前に、斧を持った右半身をやや後ろへと構えた。前面への防御を強くする構えだ。この構えは、腕さえ動かせばどこを狙った攻撃でも大抵受けられる。無難な選択と言えた。


 ゆっくりと、砂漠でも進むかの様に慎重に進むフランシス。無論、金属鎧――具足からかぶとまで全てを着込んだフランシスの重量は半端なものではなく、どれだけ気をつけても、一歩ごとに床に張られた木材がぎしぎしと軋んだ。もとより、フランシスに足音を抑える気などないが。


 不意に、彼の鼻が強烈な刺激臭を感じ取った。血の匂いではないが、何かが"かびた"様な、不快な匂いには違いない。ツンと鼻を刺激するそれに、フランシスは眉をひそめた。フランシスの知る匂いであらわすならそう……。数週間放置されたアップルパイか何かのような、そんな匂いであった。


 その匂いのもとに何かがある、と確信したフランシスは、構えを解かないまま、匂いを辿って一つの部屋の前に立つ。匂いは近づくことでさらに威力を増し、悪臭は無視できぬ物へと変わっていた。ここに間違いない、とフランシスは無意識の内に手の汗を拭った。


 そうして、フランシスは強引に蹴り開く。むせ返る様な悪臭が、彼の鼻を嫌と言うほど刺激してきた。


 開いた扉の先、がらんとした書斎らしきそこに、一人の男が座っていた。座った机の前に、腐敗して跡形のない死骸を放置して。

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