五十五話 再びの襲撃
出発したフランシスは、はるか遠くに見えるリベリオ家の屋敷へ向かって歩を進めていた。先ほどまでは馬に乗っていたのだが、それは拠点までの道が入り口から一直線であったからだ。リベリオ邸までの道のりはそれなりに入り組んでいる。
その為、馬に降りたフランシスは、長柄斧を両手に持って歩いている。長柄斧をもって徒歩で移動すると言うのは久々であったが、もとよりこの程度の重量で根を上げるようなフランシスではない。
フランシスの後ろには四十名の歩兵隊がいる。手に手に武器を持って走る様は壮観と言えるかもしれない。しかし、その顔はとてもではないが深刻なものがある。
石畳の道の上を、金属が上下するがちゃがちゃという音で満たしながら、フランシス達は急ぐ。何時自分たちの拠点がまだある事を知って赤目団、ひいてはアルセオ・リベリオが襲撃するかもわからない現状、彼らにできる事はいち早く頭を潰す事だけだ。
そうして道を急ぐフランシスが、不意に直感的に足を止めた。その後ろに続いていた者たちも同様に足を止める。と同時、その足元へと太矢が突き刺さった。
斧を構えて屋根へと視界を向けたフランシスは、屋根伝いに奥へと消える黒い影を目視する。前きた暗殺者部隊の別働隊だろう、と当たりをつけたフランシスは、苦い記憶を思い出しつつも、足を止めずに行くぞ、と背後の仲間達へ伝えた。
突如降ってきた太矢にしり込みしていた彼らだが、団長に誘われ、進軍を再開する。だが、その足は自然と早くなっていた。
暗殺者とは、もとより街や屋敷内など、入り組んだ場所が得意中の得意な者達である。無論、野外襲撃に関しての教育も受けているのであろうが、やはり本来いるべき場所は屋内、もしくは入り組んだ町の路地にある。
最短ルートを記憶し、高所を取り、遠距離武器で攻撃。また、隙あらば地上部隊で一撃離脱といった、様々な手法をもってしてターゲットを屠る。それが暗殺者と言うものたちなのである。
フランシスはまたもや飛んできた太矢を切り払うと、突き当たりを右へと曲がる。度々飛んでくる太矢が、盾を上に構えていることで防げていると言っても、一名も被害が出ていないのは殆ど奇跡である。無論、フランシスの力量を恐れ、相手が地上戦を仕掛けてこないのもあるのだが。
しかし、このままではらちがあかんな。そう思い、フランシスは長柄斧を背中へ戻し、片手斧を握り締めて構えた。幸にして、こちらを襲撃している者は二、三名……そして、その内一名は、弓の類を持っていない事をフランシスは確認していた。
ボウガンを持っているであろう二人を、速攻で仕留めなければならない。フランシスの思考は、余裕な様でいて、その実焦りで満たされていた。目的地へと向かいながら、彼はその手の中の片手斧を握り締めた。
音もなく屋根の上に現れた影へ、フランシスは腕を振り下ろした。無論、その距離は高低差もあって相当に離れており、片手斧では到底届かない距離にある。しかし、フランシスの斧は、たしかにその額を叩き割った。
投げ斧、である。正確には、フランシスが投げたのはただの片手斧であり、あまり投擲には適さない。本来なら、軽量化された手投げ斧等を使って行うそれを、フランシスは剛力をもって投げつけた。一人が倒れた為か、もう一人は即座に引っ込んだ。
今ので警戒されただろう、とフランシスは警戒を怠らずに考える。そもそも、今の投擲術も隠し芸の類であり、そこまで精度は高くない。相手が、ボウガンでこちらを狙おうと集中して、かつフランシス達が遠距離への攻撃が不可能であると油断していたからこそあたったのだ。
「引っ込んでいる内に急がねばならんな。全員、駆け足!」
フランシスの号令で、歩兵隊が一気に駆け足を始める。その一糸乱れぬ動きのまま、彼らは路地をひた走る。この大人数では、逃げも隠れもできない。フランシスはそれがわかっていて、あえて路地を堂々と進んでいる。
そんなフランシスへ、再び矢が飛来する。今度は、前方より飛んで来た先ほどとは違い、やや後方からである。しかし、戦場という、殺気溢れる場所にて戦いを学んだフランシスに、殺気の読み取りなどたやすい事だ。
ほとんど視界外と言って良い場所から飛んで来た矢を、フランシスはまたしても跳ね除けた。勘というにはあまりに鋭すぎた。フランシスはもう一本の片手斧を握りこむと、何時でも投げつけられる体制で、その場で静止した。
一瞬、路地が静寂で満たされる。ゆっくりと張り詰めて行ったそれは――ボウガンの弦が開放される音で破られる。その瞬間、電光石火の速度で振りぬかれた斧が、またしても空を切り、二人目の暗殺者の額に突き立った。
そのまま崩れ落ちた暗殺者の肉体を見ながら、フランシスは自分の左肩の激痛を手でおさえた。その左肩には、深々と太矢が刺さっている。返しのついたそれは、フランシスの痛みをさらに加速させている。
傷口が段々と加熱したように熱くなって行くのを感じ、フランシスは意を決し、その太矢を引き抜いた。肉の抉れ、それこそ焼きごてでも押し付けられたかのような痛みが彼を襲った。しかしフランシスは、絶叫を上げそうになる痛みを、歯を噛みしめて耐えた。
抉れた肩へ包帯を巻かれながら、フランシスは後少しの距離にあるリベリオ邸を睨みつけたのである。




