五十四話 第二次赤目団討伐戦
――アルセオ・リベリオ。貴族議会の発言権を持つ十二人のうち、男爵家ながら、公爵等の大貴族を差し置いて上位発言権を持つ、砂漠化解決派の過激派。
ベルロンドは貴族議会制を取っており、全十五名程の貴族家のうち、十二の貴族へ発言権が貸与されるという形をとっている。その内功績を持つ三名へ上位発言権が与えられ、議会において、提案に対する採決の際、上位発言権を持つ貴族議員が一人でもこれを否決した場合、その提案は却下される。
つまるところ、アルセオが盗賊問題解決の提案を否決してしまえば、議会はお流れになる。外部に拠点がないのであれば、上位発言権が利用できるアルセオ以外には候補を思いつかない。アルラの説明はそんなところだ。
「アルセオが何をしようとしてるかは知らんが、可能性があるとしたら奴しかいない。どうする?」
「……どうするといっても、答えはひとつしかあるまい」
貴族だろうと、もとより、フランシス達に道は一つしかない。倒し、打開するのみだ。今更、平和的解決は望めない。こちらは既に相手の部隊に甚大な被害を与えているし、それに対してアルセオもフランシス達の天幕へと火を放っている。
もとより平和的に解決などできはしない事を知っているアルラは、だろうな、と頷いた。
「だが――勝てば官軍だろうが、負ければ貴族に弓引いた反逆者になる。それに、今度こそ間違っていたら諸共首が飛ぶぞ」
フランシスはその言葉を聞いて瞑目した。
今までの鉄鬼傭兵団の相手は、賊に、侵略軍と、こちらに大義名分のあるものばかりだった。いつも背に、許しを与えてくれる存在がいた。それは民であり、国であり。そして、フランシス自身の心にある信念でもある。 だが、今回はどうだ。何も背負わない戦いは、鉄鬼傭兵団初ではなかろうか。
報酬を払ってくれるような存在はいない。失敗しても、正義を保障してくれる存在もいない。今のフランシスは身一つと団を背負うのみである。となれば、この作戦で失敗してしまえば、フランシスはただの罪人へと成り下がる。
それは、フランシスに従っている団員達にも、そのリスクを科する事を意味している。責任は重大である。それでもやるしかないのだ。
「……部隊が戻って来しだい、アルセオの屋敷に向かわせてくれ。どちらにせよ、もう後は無い」
「了解だ。向かわせる量と作戦を考える。しばし待て」
アルラはその判断に、文句や異議を申し立てるような事も無く、フランシスの前で熟考する姿勢を見せた。机など無くとも、戦うと決まればそこは彼女の台所である。フランシスは、そんなアルラへと頭を下げそうになって、やめた。
しかし、無言の内に良き仲間への感謝を告げたフランシスは、今再び戦いへと赴くために、自分の装備の点検を始めた。アルラがチラリとそれを見たが、お互い無言のまま自分の務めをこなした。
「市街になるから、弓兵隊も騎馬隊も使えんからな……」
そう呟きながら、アルラに告げられた総戦力は――戻って来た五十の歩兵隊、その内四十名。ノールの部隊も戻ってくるだろうが、フランシスとアルラの判断で本拠地の防衛隊となる。増援に来れるのは、今撤退中の内、五十ほどだろうか。
市街戦となる以上、小回りのきかない騎馬隊、遮蔽物が多いが為に運用の難しい弓兵も、今は使えない。となれば、頼れるのは歩兵ばかり。四十の歩兵とフランシスというのは、いささか不安な数だ。
「まぁ、これだけいれば十分だろう、団長?」
「もちろんだ。俺を誰だと思っている」
だが、アルラの不遜な物言いに、当然だとでも言うかのようにフランシスはドン、と胸板を叩きながら返答した。
自信などない。ただのハッタリに過ぎない。フランシスの中には、本当にこれで大丈夫なのかという不安が渦をまいている。けれども、フランシスはフランシス一人の命ではないのだ。団長が不安げにしていれば、その不安は下へ下へと伝染していく。
自分の不安は組織の不安なのだとすれば、フランシスは常に笑っていなければならない。それが団長としての、彼が自分自身にかした責任なのだから。
それに、彼が笑っているのは、何も強がりだけではない。
目の前に、これだけ仲間がいる。得意気かつ、常に勝ち気で。自信満々な幼き戦術家、アルラ。老齢ながら、今だ衰えぬ力を身にたぎらせた、"鷹の目"と謳われた弓手、ノール。恐れに身を震わせ、それでも槍は手放さなかったまだ見ぬ才覚を持つであろう青年の槍使い、ケンドリック。
そして、フランシスに付いてきてくれた、百何十という数の仲間たち。
ああ、これだけ心強き味方がいて、今さら何を恐れろと言うのだろうか。端的に言えば――フランシスは負ける気がしなかったのである。
フランシスは、無言のうちに手に持った長柄斧を天空へと突き出した。それは、なにかを吹っ切るようにも見えた。
「これより、第二次赤目団討伐作戦を開始する!」
遥か遠くまで響いたその大声は、鉄鬼傭兵団の面々を鼓舞するには充分過ぎる程であった。街は、いまだに燃えている。だが、それはゆっくりと収まって来ているように思えた。




