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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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五十三話 火に包まれた街

「……ここが本拠地ではなかったか。手筈通り、合図を出して我々は一足先に撤退するぞ」


 顔に血の跡をつけたフランシスは、ケンドリックと共に突撃した騎馬隊から報告を聞き、即座に腰の角笛を手に取った。それを口につけようとしたフランシスは、ふと思い直し、騎馬隊に新たな指示を出した。


「三名程はここに残ってケンドリックと一緒にいてやってくれ。それ以外は俺と一緒に拠点まで戻るぞ!」


 もう一度角笛を口に近づけたフランシスは、大きく息を吸い、そしてそれを角笛へと流し込んだ。遥か遠くまで響く、独特な低い音を自らも聞きながら、フランシスは旋回し、拠点へと戻るべく手綱を引いた。迷う事無く走るフランシスの背に、何十名かの騎馬隊が続く。


 フランシスによる角笛の合図を聞いた歩兵隊は、しばし防衛隊を抑えた後、フランシスに続くように撤退戦を始める。その中に、ぐったりとしたケンドリックも含まれていた。




 馬を駆って進むフランシスの視界に、既に撤退を開始していたノールの弓兵部隊が見えた。冷静に撤退を進めているノールと、フランシスの目が合った。珍しいことに、遠目にも、ノールの顔は不安そうに歪んでいる様に見えた。


「団長殿! 丁度いい所に、あれを!」


 ノールは足並みを合わせたフランシスに向かって声を掛け、町の方角を指した。もう随分日も暮れ、夜が空を覆う中、ぽっかりと穴が開いてしまったかのようにベルロンドの町の上空は橙色に染まっていた。


 一瞬、フランシスは夕焼けかと考えた。だが、明らかにおかしい。北から南へと戻る形でベルロンドへと戻っているのだから、染まるべきは西だ。フランシスは西を横目で見たが、もう既に日は沈んでいる。となれば、ベルロンドの町に何か起こっているのだろうとしか考えられなかった。


「ノール、俺と騎馬隊は先行する! 来るのは後からでいい、避難が必要な場合はその誘導を頼む!」

「承知いたしました! ご武運を!」


 フランシスはハンドサインで騎馬隊に追従する様指示を出すと、姿勢を低くして一路ベルロンドへと向かう。二十五名の騎馬隊の蹄の音が、夜の支配する麦畑の道を疾走した。


 開いたままの門を通り過ぎれば、ベルロンドの町である。しかし、そこに何時もの賑やかさは無く、あたりは悲鳴ど怒号で満ちていた。


 ――ベルロンドが、燃えている。


 フランシスが最初に思い浮かべた言葉はそれだ。シンプルながら、状況を正確に伝えていた。


 ベルロンドが燃えている。そう、それは――せまい範囲とはいえ、夜の帳を夕焼け色に染める程の鮮烈な赤。炎だ。何棟、何十棟、何百棟という数の建物へ火が付いている。フランシスが遠目に見る限りでは、貴族の館もいくつか燃えているようだった。


 何が起こっているかは、今のフランシスにはどうでもよかった。問題は、この状況で、アルラ達残留部隊が生き残っているかどうか――。最悪の事態を想定したフランシスは、歯を噛み締めて馬を走らせた。


 時折襲いかかってくる夜盗は、火事場泥棒の類なのか、はたまた赤目団由来の者たちなのか。長柄斧をふるい、炎へ血を浴びせるフランシスにはわからない。だが、辺りを見る限り、それらが無差別に殺戮を行っているであろう事はわかる。


 フランシスはもう十名へ周辺の鎮圧を指示した。騎馬隊の残りは十五名である。


 戦力分散は愚策である、フランシスとしてもあまり取りたくない。だが、ここで罪無き命を見捨てる方が、何よりも後悔することだろう、と信じて疑うこともない。


 フランシスは良く従ってくれる無名の馬を駆って走り続けた。歩いてそれなりにかかる道のりを、そうかからずに到達できたのは間違いなく馬のおかげである。


 そうして本拠地へと到達したフランシスの視界に入ったのは、花開く炎の大輪――燃え盛る天幕の姿である。それはまるで、先程自らが巻き起こした光景によく似ていた。フランシスは橙色にそまったそこで、自らの戦術家と、残留させた部隊を探すように視線を右往左往させた。


 だが、そうして動かした視界の先に、フランシスの望む者はいなかった。


「団長、戻ったのか! 火消しに協力してくれ!」


 一瞬硬直し、振り向いたフランシスの目には、寝巻きのワンピース姿で、水がなみなみと入った桶を持ったアルラがいた。その後ろに、残留させた部隊が続いている。


 フランシスは騎馬隊を火消しに回し、その間アルラに話を聞いた。何者かに火を付けられたものの、即座に気付いた団員によって全員脱出、その後装備等の回収のため鎮火を行おうとして付近の井戸まで水を汲みにいっていたらしい。


 肝が冷えたぞ、とため息をつくフランシスだったが、すぐに気を取り直してアルラに質問をした。


「あそこは本拠点ではなかった。今晩の内に決着を付けなければならない。この状況を含め、赤目団の頭領は何者か、わかるか?」


 アルラはふむ、と顎に手を当てて考えた。そのままの状態を維持し、しばらく後。不意に顔を上げ、人差し指をピンと立ててから、アルラは口を開いた。


「赤目団の戦力をこれだけ隠蔽できるとなると、貴族しかないだろう」


 そして、ピンと立てた人差し指を、アルラは一つの方角へと向ける。


「となると、現在屋敷の炎上していない貴族の中から考えられるのは、アルセオ・リベリオをおいてほかにあるまい」

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