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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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五十二話 静かな決闘

 刺突の応酬が幾度となく繰り返される。お互いに一発もあたることなく、ただ、火の粉と共に銀閃がいくつも舞い踊る。汗をたらしながら、ケンドリックは槍を手繰って八度目の刺突を繰り出した。


 それを僅かの差で避けたヴェグスもまた、エストックを突き出す。互いに一撃を交差させてまた離れ、もう一度二人の武器が交差する。


 ケンドリックとヴェグスの戦いは、おかしなものではあるが、静か、という他ない。フランシスの様に剛力による剣戟音も、いつぞやの"首刈り"の様な恐るべき乱撃による風を切る音もない。短槍とエストックの刺突は僅かに風を裂くばかりで、火花が散ることすらないのである。


 英雄譚にあるような、派手な戦いは望めそうにない。これが、入団したばかりのケンドリックであったら、今の刺突で死んでいるところだ。ケンドリックも、フランシスや他の団員の様に、強かに成長している証であった。


 不意に飛び退(すさ)ったヴェグスに何か嫌な予感がして、ケンドリックは突き出そうとした槍を引っ込めて自らも後ろへと跳びのいた。着地した瞬間、飛来した何かを辛うじて持ち手付近で打ち払ったケンドリックは、ヴェグスが不意打ちをしかけてきたのだと知った。


 ケンドリックがたった今弾き飛ばしたのは投げナイフである。ヴェグスは一つだけ投げて近接戦へ移行することで、自然とナイフは一本しかないと勘違いさせていたのである。一種の心理誘導であった。


 もう一度懐に手を突っこんだヴェグスへ、ケンドリックは気合の声と共に槍を突き出した。相手は熟練の暗殺者であり、対するケンドリックはまだまだ経験の浅い戦士だ。ともなれば、奥の手を使わせて勝てる道理もない。


 しかし、それよりも一瞬ヴェグスの懐から手が抜かれる方が早かった。鋭く投げつけられたそれを弾こうとしたケンドリックだが、目測を見誤り一発のそれが腕に突き刺さった。


 投げ針だ。暗器の類である。腕に深々と刺さったそれを即座に引き抜いたケンドリックは、針についた血以外のぬめりを感じて顔を青くした。なんらかの毒である事を察したのである。


 そして、その動揺に乗じるかの様に、ヴェグスが大きく跳んでケンドリックに刺突を繰り出した。


 ケンドリックがフランシスに教わったとおり、堅実かつ実直な突き出しだとすれば、ヴェグスの突きは変則的だ。二段突き、フェイント、突き上げ、技量に裏打ちされた確かな剣筋に技が乗れば、ケンドリックなど到底かなう筈もない。


 しかし、彼もそう簡単にはやられない。生き残る事が最優先と毎日毎日耳にたこができる程言い聞かせるフランシスにより、団員含め、ケンドリックにも技を受け流す技は伝授されている。


 一撃、二撃、三撃。毒を受けても焦らず、一発一発丁寧に受け、逸らし、かわして行く。まるで舞を踊るかのようなその動きは、その影にフランシスを思わせた。


 そうしているうち、ヴェグスの動きにも錆が見えて来る。若いケンドリックとそれなりに年を取ったヴェグスの差でもあるが、暗殺者として育てられたヴェグスの体力は、元々そう多くはなかったのである。


 それに加え、毒を受けたと知りながら焦らない相手などそういなかった為、ヴェグスにも焦りが生じていたのである。ケンドリックは、フランシスより事前に毒の事を教わっていた。武器に塗るような毒は、野戦であれば糞尿の類か、そうでなければ毒花、もしくは毒虫のものであると。


 今回は野戦ではなく、用意されていたものなので、毒花か毒虫のものであろう。そして、忍ばせて置けるほど長く続く毒は遅効性の麻痺毒しかない。それ以外は、費用対効果が釣り合わない物ばかりで度外視して問題ないと教わっていたのである。


 頼りになる団長のおかげだ、とケンドリックは目の前の暗殺者を睨みながら思う。


 お互いに、狙うは短期決戦であった。ヴェグスは自らの体力の限界を悟り、ケンドリックは麻痺毒の効果が出る前に仕留める気である。


 不意にビギッ、と音が鳴った。


 瞬間、ヴェグスが凄まじい加速と共にケンドリックへと突進した。鍛え上げられた瞬発力を遺憾なく発揮した結果、その一瞬のみ、ヴェグスは人外の速度を得たのである。


 自らを一本の矢の様にして突っ込んだヴェグスに、ケンドリックは反応し切れず、その攻撃が鳩尾を貫通する。だが、咄嗟に構えた槍により、急所にも当たってはいなければ、骨も折れていない。まさに奇跡的に肉を貫通したのみだ。


 だが、その痛みは筆舌に尽くしがたい。体に侵入した異物感、吐き出しかねない程の痛みがケンドリックの脳裏で断続的に弾けて、一瞬意識を失いかけた。しかし、強靭な精神力を持って彼は歯を食いしばって耐えたのである。


 負けない。負ける訳にはいかない。死んでたまるか。その一心で、彼はフランシスがやるように、筋肉を酷使して硬直していたヴェグスの顔面に膝蹴りを叩き込んだ。


 頭部だけが跳ね上がり、よろけたヴェグスの胴体を、今度はケンドリックが串刺しにする番だった。彼の槍による一突きが銀閃となって空を裂き、槍先がヴェグスの胸板ごと、心臓を確かに貫いた。




 火の粉が舞う中、ケンドリックは麻痺毒で鈍った体を馬に預けるようにして天幕を離れた。彼はヴェグスの亡骸(なきがら)の焼ける臭いがしたような気がして、意味もなく鼻を塞いだ。

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