五十一話 夕焼けを戦場色に染めて
馬を駆り、走り出したフランシスは、二度目の角笛を耳にしながら長柄斧を振り回す。
フランシスは重騎兵である為、騎馬隊の他の者たちと比べれば鈍足だ。それと引き換えに、彼の有する攻撃力と防御力は尋常ではない。それを利用して、フランシスは騎兵を止めんと組まれた歩兵隊の方陣に単身突撃して、また一時後退する一撃離脱を行う事で突撃する騎馬隊を援護する。
そんなフランシスを手伝おうとしたのか、回頭しかけた騎馬隊の何人かを、フランシスは怒鳴りつけた。
「こっちに来なくていい、止まるな! 天幕へ行け! 大将を逃がすな!」
戦場を揺るがすかと思う程の怒号は、確かに騎兵の鼓膜を揺らし、天幕へと向かう蹄の音は遠ざかっていった。フランシスは一度だけ大きく息を吐き出すと、自らを鼓舞するべく、喉の奥底から声を吐き出した。
「オオオォォォッ――!」
馬を駆ると同時、長柄斧を一振り。轟々と唸る風を伴ったそれが二人の歩兵を巻き込んで振りぬかれ、血飛沫が舞う。
かくして、火矢が発した燐光が薄暗闇をひっくり返す中、鉄鬼傭兵団団長であるフランシスの戦いはこうして始まることになった。たった一日の、長い長い戦いが……。
ケンドリックは炎の明かりを纏う様にして、騎馬隊と共に天幕へと踏み込む。
彼は先行偵察から戻った後、突撃部隊に参加していた。フランシスには止められたが、自ら志願したのである。ケンドリックは自分の体力に自信があり、事実体力にはまだまだ余裕があったのである。
到着した天幕ではまだ火が完全に回ってはおらず、消しにかかれば簡単に消えそうな、種火程度の火しかついていない。しかし、消火活動をする様子も無く、中にいた男はケンドリックをギロリと見つめ返した。こいつが大将かとケンドリックは一瞬身構えた。が、どうもおかしいと気付いて疑問符を浮かべる。
全身真っ黒に染められた装束は明らかに軽装であり、それはケンドリックの知識にはないが、布鎧よりも若干分厚い。音が出ない所から、上質な鎖かたびらも着込んでいるのだろうという推測はできた。
しかし、盗賊の団長とするならば、異質であった。
盗賊の集いで、活動時間が主に夜である点から、黒装束である事に関して違和感はない。だが、赤目団は凄まじい規模のものであると分かっている上でその装備を見るのであらば、あからさまにおかしい。なぜ生存重視の重装備ではなく、そんな暗殺者の様な格好をしているのか。
結論はひとつである。
「お前、赤目団の団長ではないな――ッ!?」
「そちらこそ、団長ではなかったか。面倒な……!」
男はそう呟くと同時、ケンドリックへと何かを投擲した。辛うじて馬を飛び降り、それを回避した。投げナイフである。軽量化の施されたそれは、投擲に適している。今の一撃を避けられなければ、ケンドリックの眉間に短剣が突き立っていたであろう事は火を見るより明らかであった。
突然の襲撃にも焦らず、ケンドリックは槍を一突き繰り出した。鋭い一突きは銀の光の一閃とかして男に襲いかかった。だが、空しくもその一閃は空を裂く。
男はケンドリックの突きよりも早く、後ろの跳んでいたのである。暗殺者は一撃目を失敗したさい、二撃目を放つ前に背後へと跳び退けという教育を受けているのが常だ。そしてそれは、攻撃を回避する意味もあるが、どちらかと言えば二撃目までの猶予を作るの事が主目的である。
バックステップと同時、もう一本飛んできた短剣をケンドリックは槍を巧みに動かして叩き落すと、腰を下げて構えを取った。フランシスに基礎を教わり、そこへ自分流に工夫を加えた我流ながら、見事な戦向きの、隙のない構えであった。
「……鉄鬼傭兵団三幹部が一人、ケンドリック」
「白蜥蜴団、影踏み隊一番隊隊長、ヴェグス」
お互いに名乗りあい、しかし、いざ尋常にの掛け声もない。二人とも真っ当に戦う気はなく、故にそのかけ声を出す気もなかったのである。二人に共通してあったのは、向き合っている者は敵だという意識のみである。
ケンドリックは片手で大将不在のハンドサインを出し、突撃の騎馬隊に撤退を指示すると、ヴェグスに向かって渾身の一撃を突き出す。
ケンドリックがフランシスから教わったのは槍の基礎の基礎、刺突のみである。突いて、引く、突いて、引く。たったそれだけの基礎を――無論、気が遠くなるほど――とことん磨いてきたのである。その一閃は、フランシスからも賞賛されるものである。
そんな一閃を首を傾けて避けたヴェグスは、反撃とばかりに両手持ちの刺突剣、エストックを鋭く突き出した。ヴェグスの腕もさるもの、伊達に生まれてこの方暗殺者をやって来た訳ではないのだ。
ハエすらも突き通すかという速度で突き出された切っ先を、ケンドリックはフランシスに教わったとおり後ろの跳び退いてかわした。奇しくも、お互いが一度ずつ跳び退いたが為に、二人とも自分が最初いた位置へと戻っていた。
燃えおちて行く天幕の中、睨み合う二人は、自らの生存をかけて睨みあった。




