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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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五十話 迷い

「なぁ、フル」


 フランシスは、砂漠を見つめながら、ふと呟いた。少女はなぁに、と返事をして、首を傾げる。二人の距離は、心なしかやや縮んでいる。フランシスが歩み寄ったのか、フューレが一歩踏み込んだのかは、二人にとってはどうでもいいことであった。


 満点の星のした、久方ぶりに、二人の視線が交差する。


「初めて会った時、俺が傭兵団の団長だ、といっていたら、どうした?」


 そんな彼の言葉に、フューレはにぱっと無邪気に微笑み、口を開いた――。


「お友達になろう、って言うと思うよ」




 フランシスは、ふっと前を見つめなおした。一昨日の晩の事ばかり考えていて、どうも気が抜けている、とフランシスは自分の側頭部を軽く抑えた。痛みを感じる訳でも、違和感があるわけでもない。無作為の動作だ。


 作戦行動前だ、気を引き締めろ、と彼は自分に語り掛けた。


 ほんの少しだけ嬉しかったのは、否定しない。だが、今はそんな時じゃない。ある意味、彼女の為でもあるのだから。フランシスは強く瞑目して気を入れ替えた。


「……では、本時点をもって、作戦行動を開始とする。まずは、作戦の再確認だ」


 フランシスの前には、またしても百余名がずらりと並んでいる。その数は、おおよそ百三十。しかし、総勢は百六十となる。赤目団襲撃よりじわじわと規模を拡大して行った結果、この数である。頭数が増えすぎたため、極力名前を覚えようとつとめているフランシスでも、実際に口に出して呼べるのは九十程度であろう。


 残る三十は、本陣及び、戦術家アルラの防衛となっている。


 総勢の内訳は古参の熟練兵が八十、新米が六十、残りの二十が幹部にそれぞれ与えられた精鋭となっている。


「まずはケンドリック率いる鬼眼隊による先行偵察を行う」


 鬼眼隊は、ロベリット領主軍の際の索敵能力の不足から設立された、斥候部隊である。隊長はケンドリックであり、ノールに訓練を受けた視力のよい物達を採用している。


 まずはこれらの部隊で、敵本陣の場所を割り出し、可能であれば付近の防衛部隊の配置も確認する。これにより、本陣への突入経路を編み出し、ノール率いる弓兵隊で火矢による攻撃をかける。


 混乱が収まらないうちに、フランシス率いる騎馬隊で突撃を行い、その際歩兵隊は敵陣防衛部隊をできうる限り各個撃破。できなくても騎馬隊の突撃が完了するまで足止め。そして、騎兵突撃による大将撃破での士気崩壊を狙う。


 フランシスとて、出来るなら一度目の突撃で全てを終わらせたいが、そこまで楽に行くとは思えない。だからこその歩兵隊である。


 それに、大将が死んだからと言って、士気崩壊を起こすとは限らない。本陣がここである可能性は高いとはいえ、確実ではない。それにくわえて、防衛陣が完全なものであったなら、フランシス達に付け入る隙はない。


 とはいえ、ここで決断する以外に、フランシス達に道はないのだ。全員が作戦内容を聞き、覚悟した様に頷いた。


「万が一、ここが本陣でなかった場合、即座に本拠地に撤退する」


 その後の判断については、フランシスは、口をつぐんだ。まさか、自分を張り倒してでも、この国より撤収するなど、到底口に出せなかったのである。それは己が信念を曲げる苦肉の策であり、そうなればきっと、後悔するであろう事は目にみえている。


 しかし、百数十という数の命を背負う以上、フランシスの独断でそれらを切り捨てる訳にはいかない。となれば、フランシス一人の意見で団が崩壊するような事は、あってはならないのである。


 正直に言えば、不確定極まりない、博打の様な戦いである。赤目団と呼称する、敵の本当の名前すら把握できていない状況である。


「各自、作戦の理解は済んだか? ……よし。それでは各員、配置につけ。これより作戦を開始する!」


 フランシスは全員にそう告げると、馬に跨って装備の最終確認を行った。鎧よし、鎖かたびらよし、斧よし。それらは常に磨かれ鍛えられ、フランシスの体に馴染んだ名品たちである。後準備できていないのは、とフランシスは深呼吸した。


 準備できていないのは、他ならぬ、己の心である。


 何人死ぬだろう。何人殺すだろう。覚悟は出来ていても、納得はできない。できれば、一切の血も流れずに終わる方がいい。だが、戦うしかないのであればフランシスとてその斧を振るう他ない。しかし、フランシスの懸念は、それとは別だ。


 フランシス自身の経験則をもって言うならば――戦場において不確定な情報は、より多くの死者を出す事が多い。その情報を得た側だけでなく、敵側にとっても。本拠地にいるのが百人だと言う情報のもと、百五十人で襲撃にいったら、本当は二百人いました。そうなれば、どう言う結果が待っているかはいわずとも分かるだろう。


 不確定な情報をもって踏み込む勇気――それが僅かばかり、フランシスに足りていなかっただけだ。


 だが、もう作戦開始の時間である。ケンドリック達、先行偵察を済ませた鬼眼隊も戻ってきている。これ以上の時間はかけられない。待ったをかける訳にはいかないのだ。本拠地の特定にもっと時間をかけられれば、フランシスとて、自信をもって踏み出すことができたのだろうが。


 しかしフランシスは、弓兵隊の火矢が空を裂いて敵本拠地の天幕へとび、歩兵隊の合図である角笛の音が響くのを聞きながら、自らが指揮する牙隊へ、突撃の号令を下す他無かったのである。

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