表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
52/87

四十九話 試みを違えず

若干長くなりました

 独り、フランシスは夜風に吹かれていた。座り込んで何を考えるでもなく、自らを鍛えることもなく、じっと砂漠を見つめている。


 どうしたら良かったのだろうか。フランシスの中に渦巻く感情は今にも飛び出して来そうである。後悔と言う形で。もう二週間も前になる事――赤目団による襲撃事件の事だ。未だに彼の中には、悔しさが染み付いていたのである。


 あの時、自分が赤目団と戦っていれば、彼らは死なずに済んだのだろうか。いいや、そんな事はない。フランシスは自問自答する。


 強大な赤目団に真っ向から対するのであれば、途方もない下準備が不可欠である。人材、その人材の訓練、装備、地理把握、戦術、それら全てに掛かる資金……。どれもこれも、長い年月をかけて培わなければならないものだ。そう考えれば、フランシスを含めた四人の幹部の対応が間違ったとは思えない。


 だが、実際に被害は出てしまった。フランシスは、それをうだうだと悩んでいたのである。あの場での正解は何だったのか。結局それは、"小国ベルロンドからの即時脱出"であったと、考える他ない。


 フランシスのわがままで選択されなかったそれこそが、恐らく最適解である。その結論に至ったフランシスは、つまり自分の愚かさを嘆いていたのである。


 強くなった。大きくなった。そのおかげで、ある程度の事は何とかなる。そのせいで、ある程度の事はなんとかなってしまうのだ。その何とかなる、が人を殺めたのだとしたら――。


「ランスおじちゃん? 久しぶりだね」


 不意に、少女特有の高い声がその場に響いた。振り返る事もなく、フランシスはああ、と呟いた。フルこと、フューレである。少なくとも、フランシスをランスと呼ぶ人間は、彼女しかいない。


「最近忙しかったの?」


 あぁ、と返したフランシスに、ふーん、という返答。簡素な応答が何度か繰り替えされた。詮索する様な気配もなく、久しぶりに会った、それだけの会話である。ドゥークは何処にいるのか、とフランシスが聞けば、フューレは無言のまま指をさした。遥か遠くに、老人が水をかけているのが見えた。


「フルは、手伝わないのか」

「この前、熱出しちゃって。休んでなさいっていわれちゃったの」


 そうなのか。うん、そう。打てば響くというような会話をしながら、少女はゆっくりとフランシスの隣に腰掛けた。おおよそ、半歩程の距離。男に対する距離としては、比較的近いといって良かった。


 とはいっても、お互いにそんな気もなく、暫時砂漠が凪いだ。


「……それで、おじさんはなに悩んでるの?」


 唐突な詮索。フランシスは不意にかくん、と空を見上げた。フランシスの視界に、乾ききった空を突き抜けたその先に、幾千幾万の星々が煌いている。ざわり、渇いた砂を伴って、砂漠の風が吹く。


 不思議な空間が二人の間には流れている。


 物理的な距離は一歩分もない。だが、心の距離が、互いの事を深く知らないがために、一歩あいている。どこまで踏み込んでいいのかもわからず、自然と距離があいているのだ。だが、お互いに強く踏み込もうと言う心持でもない。しかし、嫌い合って振り払うわけでもない。


 ある意味、歩いている途中にすれ違った、その程度の関係。その延長線上に二人が座り込んでいる。


「俺の……失敗でな。……人が、死んでしまったんだ」


 相槌も打たず、少女はフランシスと同じく星を見た。きらきらと瞬く星は、所詮ただの光であり、二人に何を語りかける訳でもない。ただ、綺麗な光であるだけだ。二人がその景色を共有する以外は。そのしばらく後に、少女は緩慢に口を開いた。


「人は……何時か、死ぬものだって」


 人生なんて、それが早いか遅いかの違いでしかないんだって、ドゥークおじいちゃんがいってた。そう語る少女の声を、ぼんやりとフランシスは聞いていた。


「だから、大丈夫。皆、恨みなんてしないよ」


 フランシスはそっと、フューレの頭を撫でた。心配してくれているのが、フランシスは嬉しく、気付けば手が動いていた。不慣れな事をしたものだ、とフランシスは自重の笑みを漏らした。


 一方、フューレは少しだけびくりとしたが、フランシスの手のひらから逃げるような事はなかった。


「フルは……失敗した時、どうする。何か多大な失敗をしてしまったら――」


 なんて、聞いてもしかたがないか、とフランシスは頭を左右に振った。そんな、やはり、どこか迷っている様子の彼に、フューレは小首をかしげて口を開いた。


「"我ら砂漠の民、星を探す試みを(ちが)えず"。……失敗も、一種の成功なんだ、って意味なんだって」


 少女の声に似合わぬ重みを感じる言葉に、フランシスは一瞬、息を呑みそうになった。


 ある種、その言葉は開き直りに近い。端的にいってしまえば、"これでは駄目だと言う事が分かった、一種の成功なんだ"という、綺麗事に過ぎない。しかし、失敗か成功かなど、自分で分かるのだろうか。それぞれの人が、それぞれの意見を持つ。それが当たり前だ。なら、失敗など何処にあるのだろうか。


 その結論にたどり着くまで、およそ十数秒である。


「砂にしずんだお星さまをさがして、何人も死んじゃった。結局見つからなかった。……でも皆、いい成功だったな、って笑ってたよ」


 邪気のない笑みを浮かべた少女を、フランシスはもう一度撫でてやった。少女の励ましを受けてフランシスは、ほんの少しだけ、開き直れていた。


 その言葉が全ての真理ではなくとも、フランシスにとっては、それでよかった。自らを悔い、その先を見据えれば、おのずと道は見えてくる。


 深い色の目は、夜に浮かぶ星から視線を外し、暗い砂漠の先を見つめた。


 なんにせよ、前を見るしかない。自分には今があるのだから。フランシスの心に再び光がともった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ