四十九話 試みを違えず
若干長くなりました
独り、フランシスは夜風に吹かれていた。座り込んで何を考えるでもなく、自らを鍛えることもなく、じっと砂漠を見つめている。
どうしたら良かったのだろうか。フランシスの中に渦巻く感情は今にも飛び出して来そうである。後悔と言う形で。もう二週間も前になる事――赤目団による襲撃事件の事だ。未だに彼の中には、悔しさが染み付いていたのである。
あの時、自分が赤目団と戦っていれば、彼らは死なずに済んだのだろうか。いいや、そんな事はない。フランシスは自問自答する。
強大な赤目団に真っ向から対するのであれば、途方もない下準備が不可欠である。人材、その人材の訓練、装備、地理把握、戦術、それら全てに掛かる資金……。どれもこれも、長い年月をかけて培わなければならないものだ。そう考えれば、フランシスを含めた四人の幹部の対応が間違ったとは思えない。
だが、実際に被害は出てしまった。フランシスは、それをうだうだと悩んでいたのである。あの場での正解は何だったのか。結局それは、"小国ベルロンドからの即時脱出"であったと、考える他ない。
フランシスのわがままで選択されなかったそれこそが、恐らく最適解である。その結論に至ったフランシスは、つまり自分の愚かさを嘆いていたのである。
強くなった。大きくなった。そのおかげで、ある程度の事は何とかなる。そのせいで、ある程度の事はなんとかなってしまうのだ。その何とかなる、が人を殺めたのだとしたら――。
「ランスおじちゃん? 久しぶりだね」
不意に、少女特有の高い声がその場に響いた。振り返る事もなく、フランシスはああ、と呟いた。フルこと、フューレである。少なくとも、フランシスをランスと呼ぶ人間は、彼女しかいない。
「最近忙しかったの?」
あぁ、と返したフランシスに、ふーん、という返答。簡素な応答が何度か繰り替えされた。詮索する様な気配もなく、久しぶりに会った、それだけの会話である。ドゥークは何処にいるのか、とフランシスが聞けば、フューレは無言のまま指をさした。遥か遠くに、老人が水をかけているのが見えた。
「フルは、手伝わないのか」
「この前、熱出しちゃって。休んでなさいっていわれちゃったの」
そうなのか。うん、そう。打てば響くというような会話をしながら、少女はゆっくりとフランシスの隣に腰掛けた。おおよそ、半歩程の距離。男に対する距離としては、比較的近いといって良かった。
とはいっても、お互いにそんな気もなく、暫時砂漠が凪いだ。
「……それで、おじさんはなに悩んでるの?」
唐突な詮索。フランシスは不意にかくん、と空を見上げた。フランシスの視界に、乾ききった空を突き抜けたその先に、幾千幾万の星々が煌いている。ざわり、渇いた砂を伴って、砂漠の風が吹く。
不思議な空間が二人の間には流れている。
物理的な距離は一歩分もない。だが、心の距離が、互いの事を深く知らないがために、一歩あいている。どこまで踏み込んでいいのかもわからず、自然と距離があいているのだ。だが、お互いに強く踏み込もうと言う心持でもない。しかし、嫌い合って振り払うわけでもない。
ある意味、歩いている途中にすれ違った、その程度の関係。その延長線上に二人が座り込んでいる。
「俺の……失敗でな。……人が、死んでしまったんだ」
相槌も打たず、少女はフランシスと同じく星を見た。きらきらと瞬く星は、所詮ただの光であり、二人に何を語りかける訳でもない。ただ、綺麗な光であるだけだ。二人がその景色を共有する以外は。そのしばらく後に、少女は緩慢に口を開いた。
「人は……何時か、死ぬものだって」
人生なんて、それが早いか遅いかの違いでしかないんだって、ドゥークおじいちゃんがいってた。そう語る少女の声を、ぼんやりとフランシスは聞いていた。
「だから、大丈夫。皆、恨みなんてしないよ」
フランシスはそっと、フューレの頭を撫でた。心配してくれているのが、フランシスは嬉しく、気付けば手が動いていた。不慣れな事をしたものだ、とフランシスは自重の笑みを漏らした。
一方、フューレは少しだけびくりとしたが、フランシスの手のひらから逃げるような事はなかった。
「フルは……失敗した時、どうする。何か多大な失敗をしてしまったら――」
なんて、聞いてもしかたがないか、とフランシスは頭を左右に振った。そんな、やはり、どこか迷っている様子の彼に、フューレは小首をかしげて口を開いた。
「"我ら砂漠の民、星を探す試みを違えず"。……失敗も、一種の成功なんだ、って意味なんだって」
少女の声に似合わぬ重みを感じる言葉に、フランシスは一瞬、息を呑みそうになった。
ある種、その言葉は開き直りに近い。端的にいってしまえば、"これでは駄目だと言う事が分かった、一種の成功なんだ"という、綺麗事に過ぎない。しかし、失敗か成功かなど、自分で分かるのだろうか。それぞれの人が、それぞれの意見を持つ。それが当たり前だ。なら、失敗など何処にあるのだろうか。
その結論にたどり着くまで、およそ十数秒である。
「砂にしずんだお星さまをさがして、何人も死んじゃった。結局見つからなかった。……でも皆、いい成功だったな、って笑ってたよ」
邪気のない笑みを浮かべた少女を、フランシスはもう一度撫でてやった。少女の励ましを受けてフランシスは、ほんの少しだけ、開き直れていた。
その言葉が全ての真理ではなくとも、フランシスにとっては、それでよかった。自らを悔い、その先を見据えれば、おのずと道は見えてくる。
深い色の目は、夜に浮かぶ星から視線を外し、暗い砂漠の先を見つめた。
なんにせよ、前を見るしかない。自分には今があるのだから。フランシスの心に再び光がともった。




