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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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四十八話 何時ものように

「団長。絞り込みが完了したぞ」


 フランシスのもとにそんな知らせが届いたのは、襲撃より二週間後の昼下がりほどであった。怒涛の勢いと言うべきだろうか。団結したとはいえ、それぞれの有能さがあっての結果であった。


「確実なんだな?」

「当たり前だ。……といいたいところだが、確信はできん。だが、再三確認はしてある」


 自信の塊の様なアルラが、何時もとは違って不安げに――しかし胸を張って言った。その顔に貼り付いた倦怠感が、確認に相当な時間を費やした事を声高らかに叫んでいるようでもある。そんな様子にフランシスは分かった、と告げて、固まっていた背中の筋を伸ばした。


 べきべきと相当な音が鳴っていたが、フランシスは意にも解さず、三人に団員を集めたのち、休憩をとっておくようにと指示した。明らかに誰よりも休憩していないのはフランシスであるが、彼の強い意思を否定することもなく、三人はそれぞれ団員を呼びに行った。


 フランシスは一つため息をついて、整備していた自分の装備を脇に置き、戦いが始まる事を予感して、またため息をついた。


 分かっている。仕方のない事だと。こうして、平和の為、会った事もない誰かの為に戦うと言う事は、常に自らとその周りを戦いに導いてしまう事であると。その為に人が死ぬのも。


 フランシスは、弱い人間だ。少なくとも、本人はそう思っている。大の為に小を犠牲にすると、そしてその小の中に己を含めると。そう決めて、しかし尚迷っている。それが彼なり自分の弱さだった。


 いつの間にか、彼の背には百名あまりの命が集まっている。アルラやケンドリック等の未来ある若者から、ノールを代表とした経験豊富な壮年から老年の者達。多種多様で、(みな)同じく人間である。であるが故に、フランシスは悩むのだ。


 これがただの木偶(でく)人形であったなら、フランシスとてもっと使い捨てられただろう。だが、戦場に立って尚、やはりフランシスは人が死ぬのは嫌いであった。四の五の言っていられないとはいえ、こればかりはフランシスの意地であった。


 であれば、死なないように尽力する他ない。どれだけ微力であっても、ないよりはマシの筈だ。そんな結論で頭の中で回っていた益のない思考を閉じ、瞑目していたフランシスは立ち上がった。


 例え辿り付く先に何があろうと、進んで行くしかないのだから。改めて、フランシスはベルトでも締めるつもりで決意した。




 フランシスは集まった百余名を見回して、ふう、と大きく深呼吸した。


 そこは天幕前。ぎっしりと百人が詰まって立ち、フランシスは一人壇上にいる。幹部は休んでおり、並んだ彼らにとって、目の前にいる指揮格は団長であるフランシスだけだ。


 視線が集中するのも当たり前である。


「諸君、まずはこれまでの諸君らの活動に感謝しよう。そして、これより赤目団討伐作戦の概要を発表する」


 ざわりと一瞬声があがったが、すぐに収まった。ここにいる百余名はその為に活動したのであるから、ようやく、という念の方が強かったのである。


「作戦そのものは明後日になる。ここより北方に天幕群があり、そこが奴らの本拠地だと予測した」


 其処へ襲撃を掛けると、フランシスは声高々に告げ、今度こそざわめきが起こった。本拠地襲撃。確かにそれは、数で圧殺されうる鉄鬼傭兵団にとって、唯一の道である。しかし、敵の本拠地と言う事は、その分敵がいる、というのが容易く想定できた。


 敵が多ければ被害も出る。被害が多ければ、その中に自分が含まれる可能性も高くなるのだ。気にならない筈はない。フランシスはそんな彼らを一言で静かにさせ、また語り初めた。


「今回は――いや、いつもか。何時もどおり、危険な戦いになるだろう。今回は、誰かの援助もない」


 フランシスはふう、と一旦区切った。そうだ、何時もどおり危険な戦いになる。だったら、こんなに緊張しなくてもいいな、と張り詰めた糸を緩めたのである。


 無論、人が死ぬことを許容などしない。だが、考えて見れば何時もどおりであると言うことに、どこか安心したのである。そして、フランシスはいつもの顔に戻った。眉間に皺がよったような、無表情に。


「名誉な戦いになるかもしれないな。ここら一体の盗賊団を牛耳っている連中と戦うことになる」


 フランシスは今一度、集まった全員を一瞥する。どれも期待に満ちたような瞳を輝かせている。だが、フランシスの言葉に続きがある事を察し、気を引き締めた顔も混じっている。


「だが、諸君らの戦死の可能性も高まっている。無謀ではない。ないが、不測の事態が起きないとも、被害が出ないとも、絶対にいわない」


 言葉の重みが、フランシスと、そして団員にふりかかる。


 戦場という水を吸った言葉は、時として誰のものにも増して重くなるものだ。


「俺は、君たちの死を名誉などという言葉で飾りたくはない。どうか、また生きて戦勲を聞かせてくれ。以上だ。作戦開始までは、各自自由とする。訓練は怠るなよ」


 そう締めくくったフランシスは壇上を降りる。赤目団への襲撃は明後日。しかし、フランシスの顔は、いつもの戦士のそれとは程遠く重かった。

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