四話 "傭兵団"の立ち上がり
まずは人だ。そう結論付けたフランシスは即座に行動に移り始める。時間の猶予はあるが、悠長にしていられる程のものではないからだ。ここからアジトまで二日、往復で四日。まずこれは、なんの問題もなく進んだ場合である。
商人から指定された期間は二週間。此所に人手集めの時間に、武器防具を改める時間も含めればギリギリといったところだ。衛兵バラトカも衛兵隊と話をつけてくるらしいが、フランシスは端から望み薄だと切り捨てて考えていた。
近隣の村落を周りに周って、いったい何人の無謀な青年らが集まるものか。フランシスは深く考え込むことになる。
そも、彼は志願兵――近くに駐屯していた帝国軍に、半ばそんな形で参入した形であり、実際に徴兵しても、どの程度人が集まるのかを知らない。そして、その中に武具の、そして戦闘に対する心得を持っている者は何名か。フランシスは知らないのだ。
不確定な物を頼りに動くしかないと言うのはフランシスに酷く不安を齎したが、前金を受け取ってしまった以上、やるしかないか、と覚悟を決め、彼は鋭く息を放った。
彼の傭兵生活は、初日から暗礁に乗り上げようとしているが、それでもフランシスは舵を切る。船長のフランシス含め乗員乗客約三名の船を、早風団と言う名の嵐からどう救うかを必死に模索しながら、彼は一路付近の村へ向かった。
「よし。村の者よ、聞いてくれ!」
喉から湧き出た大声で、フランシスは叫んだ。明け方、やや大きい村の中央で叫ばれたそれは、寝ぼけた耳に喝を入れるが如き、遠慮無き叫びであった。
「俺はフランシス。傭兵だ。今回、徴兵を行いにきた」
騎士団や軍に所属していない者が徴兵をして良いのか? その問いは殆どの場合で「はい」である。そも、軍隊が徴兵すると言うのは、王都で徴兵を行い、それに際し志願者が主都まで赴き、それを採用するという迂遠な手段をとっている。
その為、本格的な戦争になり、大徴兵令が発行されない限り、傭兵や旅団等の徴兵は比較的自由に許されている。無論、一度でも罪を犯した記録のある者に付いてはその限りではないが、フランシスはそんな経験など一度も無かった。
集った村の面々の一部が、訝しげな顔をする。傭兵は、基本"戦争屋"のレッテルを貼られているからだ。表面上とはいえ、戦争のない今の世で、傭兵が何をする為に徴兵を行っているのか? フランシスに向けられているのは、そんな疑念の篭った視線、顔である。
無論、フランシスもそれは感じている。仮にも戦争を五体満足で越した男が気配や雰囲気の読みが甘かろう筈もない。その上で、彼は堂に入った面構えでもって答える。
「村の皆も不思議に思っているだろう。だが、俺は早風団の討伐を行う気でいる、と言うことを留意してほしい」
早風団。その名が耳に入ったものは、その響きに思わず戦慄した。当たり前と言えば当たり前かもしれない。それは、目の前に写る脅威であるからだ。誰もが、御伽噺の竜等より、目の前に掲げられた刃の方が恐ろしいと相場が決まっている。
「そんなの、無茶だ」
沈黙が降りる中、一人の男がようやく口を開いた。それは切実な呟きであったかもしれない。その男は、早風団の討伐を願っていた沢山の人の内、その一人である。だが、その凡男がその嘆願の先に見たものは、一種の絶望――その類であった。
「あいつらは、衛兵隊を赤子の手を捻るみたいに壊滅させたんだぞ……?」
その恐怖が、光景が。村民の心に焼き付いてしまった。唯それだけのことが、大きく思考と行動を制限していくのだ。「そうだな」とフランシスも呟いた。バラトカから聞けば直ぐに分かる事であった。フランシスも、その悲劇の内容を知っていた。
「だから、どうした」
――知っているからこそ、その事実をそう言って切り捨てた。驚愕の顔が諦めの言葉を発していた男だけでなく、周りの村人へ波紋の様に伝わった。
「衛兵隊など、当てにならない。だからこそ、俺がこうしてここにいる」
フランシスはそんな不遜な物言いと共に、ドン、と厚い胸板を叩いた。そのついでと腰の斧がガチャリと音を立てて揺れる。握られた拳はあまりにも力強く、そして逞しく、どこか貫禄があった。
「俺は強くない。一人で早風団の五十人と戦える程じゃあ、断じてない」
そんな言葉を、あっさりと言い切って見せるフランシス。目を瞑った彼の心情は推し量れない。しかし、戦う意思が体に張り巡らされているぐらい、素人目にも分かろうと言うほど、フランシスの体は力で満ち満ちていた。
「だから。打倒早風団を掲げんとする者は俺について来い!」
ダンッ、と整えられた土を、フランシスのブーツが強く叩く。再度上げられた大声は、恐怖に震えあがっていた村人を鼓舞する様でもあった。
「奴等を屠れ! 血肉を散らせ! 味わった苦しみを、そっくりそのまま返してやれ!」
――決意の時は今。立ち上がれ。
天高く響くフランシスの声。そんな彼が村を出る時、足音は六人分増えていた。




