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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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四十六話 前を向いて戦場へ

 天幕の中、重い空気が漂っていた。


 亡くなった者たちを葬り、緊急会議を開いたが、誰も口を開こうとしない。フランシスは瞑目したままであり、他の三人もだんまりを続けている。


 だが、このままでは会議が始まらない。そう悟ったアルラが、独り沈黙を裂いた。


「それで……どうする」


 酷く漠然とした議題であった。どうする。たったその一言だが、その三人にはそれだけで十分伝わった。赤目団への対処――そのひとつに尽きた。


 今までは放置の方針であった。しかし、実際に被害が出てしまった以上、これ以上だんまりを続ける訳にもいかない。行動を起さなくてはならない。だが、赤目団の規模は、おおよその推測、その最低値でさえフランシス達を大きく上回っている。


 戦って勝てる相手ではないのだ。


「どうする、とはいいましても。戦う他ないのでしょうや」

「ただ、まともに戦ってどうにかできる相手じゃあないでしょう」


 ノール、ケンドリックも続いて言葉を吐く。それは殆ど独り言の様な、現状確認の言葉である。戦う、立ち向かう以外の選択肢は選べない。だが、それは唯の自殺行為に他ならない。となれば、一団長として、打開策を出さねば。フランシスは目を瞑ったまま考え続けていた。


 三人は団長の指示を仰ぐ様に、黙ってフランシスを見つめ続けていた。四人の息遣いが天幕の中にこもっている。フランシスが目を開けるまで、音はそれだけであった。


「戦おう」


 たった一言だけ。けれど、三人にはそれで十分だった。それぞれが顔を見合わせ、強くうなずく。


 結局の所、傭兵団の団長はフランシスで、三人はその幹部達に過ぎない。となれば、最終的な決定権は全てフランシスにあり、あくまでもその助言しかできないのだ。そして、彼らはフランシスを信用していた。


 勝ち目のない戦いに挑む事はないのだろう。そんな信頼が彼らの中に根ざしている。フランシスもそれに恥じないよう努力している。良き関係を気付けた四人だからこその、即断即決であった。


「それじゃあ、どう戦うか考えねばならんな。正面からでは玉砕だ」

「頭脳戦をやるにしても、まずは明るみに引きずりださねばなりませんな」

「じゃあ、まずはその調査からですね。赤目団の本拠地とか、色々割り出さないと」


 たった一言で勢い良く回りだす幹部会議。フランシスは苦笑し、その後、すまないな、と呟いた。


 逃げる、そんな選択肢が自分にない、ということをフランシスは知っていた。そして、そのせいで危険な選択肢を選ばざるを得ない場面があると言う事がわかっていた。それが今である。自分のわがままで命を落としかねない危ない賭けをしなければならない。となれば、フランシスが謝ると言うのは特別おかしな事ではない。


「団長、しっかりしないか」


 そんなフランシスに、蹴りを入れたのは、なんと、細くか弱い体のアルラであった。ポスン、と軽い音。靴はよく磨かれていたのか、フランシスに埃が付く様なことは無かった。


 自分が蹴られたと言う事よりも、アルラがそんなことをするような事に何よりも驚いたフランシスは、どこか呆然とアルラを仰ぎ見た。


「お前は私たちの団長なんだ。フランシス、お前が自信を持たずにどうする」


 ノールとケンドリックも深く頷いた。アルラは三人の意思を代表するかのように、フランシスに向かって語り続けた。そこに一切の虚偽は無く、唯信頼と、一種の友情だけがあった。


「私たちはお前より頼りないかもしれない。だがな。もっと私たちを見てくれ」


 アルラは、フランシスが何時かそうした様に一度、強く胸板を叩いた。


「指示をくれればやり遂げるだけさ。私たちは」


 言いきった。そんな雰囲気で、アルラがふぅ、と息を吐いた。


 あぁ、俺は仲間に恵まれた幸せ者だな、とフランシスは静かに思った。そして、それを信じて来なかった自分の愚かさを笑った。


「まぁ、玉砕命令からはさすがに逃げますけど」

「ケンドリック、空気を読め。そこは命も捨てると口だけでも言っておくべきだろうに」

「いやはや、"命を捨てる"は私も賛成できかねますな」

「ノールまで。まったく、適当な奴らだとは思わないか、団長」


 はは、そうだな。フランシスはそんな返答をしながら、聞こえないようにありがとう、と言った。誰にかは本人にさえわからない。目の前の三人に言ったのか、それとも、フランシスに彼らを合わせてくれた幸運にか――。




 そうして、対赤目団の本格的な始まりが訪れることとなる。フランシス、そして彼が率いる三人の幹部の指揮のもと、鉄鬼傭兵団は戦の準備を開始することになったのだ。


 まずは情報戦、フランシスはケンドリックノール、その直属の精鋭部隊に活動領域の調査を頼み、赤目団本拠地の場所を絞り込んでいく。一点突破、起死回生しか狙えない以上、尻尾を切っていても仕方ない。大元、大蛇の首を根本から叩きに行くつもりなのだ。


 拠点推測約はアルラとフランシスだ。何処で盗賊が網を張っていたかさえ分かれば、おおよその位置は特定できるものだ。フランシスが此処はない、此処はありうると辺りをつけ、アルラがそれをより緻密に考える。連携力であれば、数ヶ月とは言え、彼らに敵う者はいない。


 そうして拠点を割り出す間に失われた命を弔い、新たな戦力も迎え入れ、僅かでも兵力を増やす事も忘れない。


 また鉄鬼傭兵団はドタバタと忙しく動き出す。目下、赤き魔眼を潰すために。







 少し遅くなりました。

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