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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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四十四話 暗闇より

 赤目団の発見より一週間。鉄鬼傭兵団はその規模を百二十名まで増幅させながら、赤目団の襲撃に備えていた。


 恐らくはない、と傭兵団の頭脳も分かってはいる。だが、不安は隠しきれない。火の種はすばやく消しておこうとするような集団であったなら、フランシス達に明日はない。万が一に備え、様々な準備は行っておくものだ。


 多少の緊張が張り詰め、それぞれの天幕で交代で夜番を行う中、団長はと言うと、自らの得物の調子を確かめ、その刃を研いでいた。


 鍛冶屋に修理に出すほどでもないが、常に手入れは必要である。フランシスの重撃に耐えられるよう、質の良い物――でなければ、一撃と持たずに砕けるからだ――を使ってはいるが、それでも通常より刃毀れは多くなる。


 斧は両刃剣などよりも、"断ち切る"を前面に押し出した武器であるため、刃毀れも多少は問題ない。しかし、いざと言うときに戦って、刃こぼれが原因で余計に苦しませる様な事はしたくない、というのがフランシスの考えであった。


 シャッ、シャッ、と斧の刃を研ぐ音がしばらく続いて、不意にフランシスはその手を止めた。夜明け前の暗闇に、唐突に静寂が降りた。フランシスは振り向きざま、自らの後方へ向かってその斧を渾身の力でもって投げつけた。フランシスの剛力により、鋭い直線を描いて飛んだ斧が、勢いよく茂みに突き刺さる。


 手応えあり。フランシスは既に手の中にない斧から、しかししっかりと伝わってきた手応えを感じながら、フラリと幽鬼の如く立ち上がった。


 隠し切れなかったようなうめき声が漏れ、茂みの中からフランシスを狙っていた何者かが姿を現す。フランシスはそれを訓練用の剣を拾い上げながら鋭く見据えた。


 夜の帳を羽織ったかのような錯覚を覚える、黒塗りの頭巾付きロングマント。同じく黒いマスクに鞘鳴りがしないように調整されているであろう黒塗りの刺突剣に、肩に掛けられた短弓(ショートボウ)。いかにもな暗殺者の装いをしたそれの肩には、フランシスが先ほど投擲した斧の痕がついている。斧はそのままの勢いで飛んでいってしまったらしい。


 暗殺者は骨が折れたのか、右肩を力なく降ろしている。しかし、その瞳は戦意を失っておらず、夜の使者は未だにフランシスを見据えていた。


 気付けなければ危なかったかもしれない。少なくとも、フランシスが無拍子(事前の動作がない事)で投げた斧を察知して咄嗟に逸らす事が出来る暗殺者である。相当手練である事は想像に容易い。


 不意にざざりと風で茂みが揺れたかと思うと、そこからフランシスに向かって二発の矢が飛来する。電光石火の速度で地面に伏せたフランシスはそれを避け、飛び掛って来た負傷した暗殺者から飛びのいて距離をとって体制を立て直す。


 三人か。口の中でフランシスが言葉を転がすと同時、二体目、三体目の刺客がその姿を現した。一体目を鏡写しで増やしたかのように、統一感の中にある黒い装備一式。そして、その懐の中、フランシスは僅かに赤く睥睨する瞳のブローチを見出す事ができた。


 慣れない剣を両手で握り締めながら、フランシスは三人の刺客をきつく睨み付けた。夜の帳の中、四人の男が対峙している。奇妙な沈黙を保っている彼らは、じっとお互いを見つめていた。


 その停滞が不意にとけ、三人の刺客の内二人が走り出した。それぞれが刺突剣を引き絞るように構えているのを見て、フランシスも駆け出した。


 フランシスが狙うは各個撃破である。まずは右の刺客に狙いをつけ、剣を全力で突き出した。荒業かつ早業なそれを避けなければ、と刺客が体を逸らした瞬間、フランシスは片手を剣から放し、その手で暗殺者へと掴み掛っていた。


 咄嗟にその手を振り払おうとした刺客は、あえなくフランシスの剛力でもって地面へと叩き付けられた。首の骨がボキリと音を立て、命が一つ失われたことを告げる。


 くたりと力なく倒れ伏した仲間には目もくれず、もう一人の刺客がフランシスへと襲い掛かった。素早い身のこなしでもって繰り出された高速の刺突を、フランシスは模擬剣で受け流した。


 不慣れな剣とはいえ、振り回す要領は同じ。槍使いが長棍を使っても多少は戦える様に、フランシスも剣が扱えないわけではなかった。


 しかし、得意なわけでもない。目の前の暗殺者の、技量と比べれば劣る。現に、矢継ぎ早に放たれる電光石火の突きを受け流すので精一杯であり、フランシスの額にはジワリと汗が浮かんでいる。


 その機会を逃すまいと、後ろで控えていた三人目の刺客が短弓を手に取って撃ち始めた。完全に平服であったフランシスにとって、どちらも無視できない攻撃であるのに変わりはない。ジリジリと押されているのはフランシスであった。


 暗闇にあって、有利は彼らにある。


 だが、フランシス相手に彼らは焦っていた。もっと手早く仕留められる物と高をくくっていた暗殺者だが、まさか一当たりしただけで一人がやられてしまうとは、と静かに嫌な予感を感じ取っていたのである。


 そして、その予感はフランシスの荒業という形で的中する。刺客が突き出した、電光石火の速度のその切っ先。それを、横合いからガシリとつかみとったのである。

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