四十三話 赤目団騒動、始まり
「ノール、そちらの首尾はどうだった?」
「はい、大よそ二つの団を仕留めました。被害は負傷が六名、ですが明日には問題なさそうです」
帰還した四人の指揮格による会議では、百名あまりの内負傷八名という事が判明した。戦いがあったのだと言う事を考えれば、極々小規模の被害へと抑えられたと言っていいだろう。フランシスは死者が出なかった事に酷く安堵した。
その後、取得した装備の売却や取得などの報告を終え、会議は解散にしようとした時である。
「すまん、団長。一つ報告がある」
アルラが挙手と同時、そんな声を上げる。フランシスは顔色も変えぬまま、アルラに続きを促した。アルラが合図を出すと、天幕に一人団員が入って来た。その団員は麻袋を置いて一礼を四人に対して行うと、速やかに天幕から出て行った。
フランシスは無言のまま、それの口を乱雑に開いた。丁寧に扱わねばならない物であれば、団員もああも乱雑には置くまいと思ったからである。
適当に開かれたそれの中身をフランシスがのぞけば、数刻前も見たそれ――赤い瞳のブローチがフランシスを睨み付けた。顔をしかめたフランシスが、これは? と声を上げずに問うべく、顔をあげてアルラを見詰めた。アルラは無作為に左右に頭を振りながら、フランシスに説明した。
「こちらで討伐した盗賊団が付けていたものだ。ノールが発見した。おおよそ全員が付けていたぞ」
ハァー、と大きなため息。珍しくフランシスではなく、ケンドリックからであった。彼は自らの赤茶色の髪を適当に掻いてから、再度ため息をついて話し出す。
「俺らの方にもありました。団長の指示で銀の縁取り以外燃やしましたけど、まだ残ってます」
そういってケンドリックは、懐から預かっていたブローチを差し出した。袋の中、無数の瞳と同じく、それは天井を見続けていた。アルラは顔をしかめた。奇しくも、フランシスと同じ反応であった。
要するに、街道に出没する物達の中は、この団で統一されているという事だろう、とアルラが言った。仮称、赤目団としておく。この赤目団は恐らく相当な規模で、格方面へとその魔の手を伸ばしている事が把握できる。
街道を通る馬車を襲う隊――赤鬼隊が交戦した方や、青鬼隊が交戦した付近の村を襲っていた隊。フランシス達赤鬼隊が討伐したものは三十名ほど、青鬼隊が討伐したものは合計で六十名あまり。これが今回の成果であるが、これらの成果全てが赤目団のものとなると、これらを外に出しても支障のない大規模な組織であることが予想される。
もし、万が一フランシス達が戦ったとして、勝ち目はない。きなくさい臭いがした気がして、フランシスは自らの眉間に指を当て考えた。
「厄介事の臭いがしますなぁ」
「とんでもなく臭いのが、ですね」
「どうする、団長? 私意見としては、さっさと逃げ出したいぐらいではあるが?」
さすがに、千を超える戦は一傭兵団にはあまりに荷が重く、またそうする義理もない。フランシスはフランシスなりに考え、考え、考えぬいた。その時間、おおよそ半刻(三十分程)である。その果てに、彼は一つの結論を出した。
「……今の所は、放置だ。気付いていない振りをすれば、向こうもこちらに意欲的に手を伸ばす事はない筈だ……恐らくはな」
要するに、放置である。
何も面倒事だからと放棄した訳でも、手に負えないと恐れをなした訳でもない。要するに、九十名を木っ端として使える様な仮称赤目団の名が知られていないと言う事は、要するに実体を見せず、"いくつもの雑多な盗賊団"という形を取ってごまかしていると考えられる。
となれば、そうしなければならない理由もある筈だ。それが何かはともかく、これだけ大きな団体が隠さなければならないのだから――あくまでも、推測に過ぎないが――フランシス達などはその"雑多な盗賊団"を狩る一傭兵団に過ぎない。
で、あるならば。多少の損害はあっても、フランシス達を無視する他ない筈だ。現在のフランシス達を確実に潰すには、最低でも二百以上の戦力が必要になるだろう。無論用意できない程では無いのだろうが、それでもそれだけ大きな団体が動けばいくらなんでも誰かしら気付くと言うもの。隠密は限りなく難易度が高いものとなる。
すなわち、こちらからの意欲的な討伐さえ行わなければフランシス達を潰しにはかからない、とふんだのである。
「……まぁ、団長の指示に従おう。異論はないしな」
アルラが呟き、こくりと頷いた。アルラの言った逃げるという案も確かに魅力的で一切の被害と懸念のない素晴らしい方法ではあるのだが、フランシスとしてはそれはしたくなかったのである。
「これからの立ち回りは、仮称赤目団との接触を避けながら、何時もどおりでいく」
――いつまでその何時もどおりが続けられるかは、分からんが。フランシスのそんな言葉は、天幕の中の者達によって黙殺された。
ベルロンドでの活動において、最難関であろう盗賊団――赤目団。その圧倒的な規模を目にしても、しかしフランシスは決して曲がろうとはしなかった。その瞳は蒼く澄んで、前を見据えたままだ。
赤目団騒動、始まりの一幕であった。




