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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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四十二話 睥睨する赤き瞳

 傭兵団がベルロンドに到着してから三週間が経ったところまで時間は飛ぶ。アルラは病み上がりながらも何とか仕事をこなし、傭兵団の装備や人員数も若干の上昇を見せていた。


 フランシスは騎乗した状態で、長柄斧をぶうんと振り回した。強い遠心力を伴ったそれが、盗賊の一人の首元へ吸い込まれるようにして叩き込まれた。男の首が一つ舞い、返り血が斧に僅かに残った。


「残りは十八程度か」

「いえ、四人逃げました。十四です」


 フランシスの独り言に、横に駆けつけたケンドリックが追って伝える。三十人程度の盗賊団であれば、簡単に叩いて潰せる。それこそ、フランシスやケンドリック、ノールやアルラによる指揮がなくとも、赤子の手を捻る様に、である。


 だが、フランシスとしてはそれはできるだけしたくなかった。できるとはいっても、四人による指揮や支援がなければ被害は増える。五人の被害が三人に減るだけでも、フランシスは骨身を惜しむ気はなかった。


 とはいっても、とフランシスは遠方を睨んだ。街道では一台の馬車が派手に横転しており、起すのには時間が掛かりそうだった。これでは報酬減額だろう。鷹の目たるノールがおらず、咄嗟の接近に反応し切れなかったのが痛かった。


 現在、鉄鬼傭兵団はその戦力を二つに分けている。フランシス達、護衛などを勤める赤鬼隊とは別に、青鬼隊はベルロンド周辺にて跋扈する盗賊の討伐を担っている。


 そちらにはアルラ、及びノールを指揮格として団員五十名を付けた。弓による長距離射撃ができるノールと、千変万化の戦術を担ったアルラの二人にこれだけの大人数であれば、向かうところ敵なしである。 少なくとも、並大抵の賊に負ける道理はない。


 しかし、初の試みであるからには安全を重視し、撤退指示の権限をアルラにも渡した。無理せずに撤退する事を願うしかないフランシスには、歯痒いものだったが。


 ともかく、一ヶ月すればアルラからの改善案も届く。それまでは、ともかく被害を減らすべく尽力するしかない。フランシスは大きく息を吸って吐き出し、また戦場に目を向けた。そこでフランシスは、何かが目の端に引っ掛かった。


 迷いなく馬から降りたフランシスは、その死骸の前でしゃがみこんで手を伸ばした。ケンドリックは不思議そうにしていたが、その間のフランシスへの援護は忘れなかった。


「これは……」


 フランシスは何事が呟き、近寄って来た馬の首を軽く撫でてやってから、その鞍へと飛び乗った。馬も驚く事無くそれに順応し、フランシスは再度戦場へと殴りこんだ。




「団長、さっきなにしてたんです?」


 ケンドリックは馬から降り、万が一が起こらない為の索敵の最中、フランシスに問いかけた。


 この盗賊団は中々に規模が大きかったが、今の鉄鬼傭兵団には敵う筈もない。フランシスとケンドリックの指揮の下、完全に壊滅させられていた。鉄鬼傭兵団側の被害は負傷者二名だけだ。五十名と戦力は半減していると言っていいが、フランシスとケンドリックの戦力という優位は変わらないのだ。


 フランシスはケンドリックの問いに答えるべく、懐に仕舞い込んだそれを探り出して差し出した。馬上でありながら、それを器用に受け取ったケンドリックは訝しんだように右に左に首を傾けてそれを確認した。


 それは簡素なブローチの様にも見える。盗賊という職業柄、自らを装飾品で包むと言う事はそう多くない。いるとすれば、奇襲目的の者達ばかりである。


 艶のある木材を銀で縁取られたそれは、木目を利用してまるで見開いた目の様な模様をしている。瞳は真っ赤に装飾され、どこと無く充血したような雰囲気を見る物に感じさせる。これ単体で拾ったならフランシスも無視したのであろうが、今回はそうではなかった。


「団長、こんなものが!」


 ふと、一人の団員がフランシスの元へ麻袋を担いで走って来た。差し出された袋を受け取って中身を確認したフランシスはやはりな、と呟いてケンドリックにもそれを見せた。


 麻袋の中身は、大量の簡素なブローチ――フランシスが先ほど回収したそれとまるっきり同じ物――であった。無数の目が自分を向いているような怖気さえ感じ、ケンドリックは無意識にそれから目を逸らした。フランシスは一個、袋の中から取り出してまじまじとそれを見た。


「何なんでしょう、それ……」

「さてな。だが、一盗賊団が使用する紋章(エンブレム)にしては、いささか立派にすぎる」


 取り出したブローチをひょいっと袋の中に戻したフランシスは、二つ三つ程度を残して銀の縁取りだけを取り外して焼却するように団員に命じた。ブローチが何であれ、銀は集めて溶かせばそれなりの値打ちになるのだから、捨てるには勿体無かった。


 しかし、フランシスはケンドリックに手渡した方のブローチだけ返してもらい、それを手の中で弄んだ。カッと見開かれたその赤い目は、まるで全てを憎んでいるかのように睥睨していた。フランシスはまた面倒事の予感を感じながら馬の頭を街道に向けた。


 とにかく、横転した馬車を起さなければ。それに、ちらばった品も拾い集めなければならない。そう考えながらも、フランシスのもはや光無き左目の中には、不安が渦を巻いていた。

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