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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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四十一話 病める時も傍に

 暑さで目が覚めたフランシスは、ゆっくりとその体を起こした。頑健な体を維持する為、誰よりも早く起きるのはフランシスだった。次いでノール、ケンドリックの順に起きていく。そして、諸々の傭兵団員達があらかた起きた所でアルラが起きる。それが日常である。


 だが、休暇の最終日であるこの日は少しだけ違った。フランシスよりも早く、アルラが起きていたからである。


 アルラは天幕を出て、そこらに転がっていた椅子を起し、そこに座っている様であった。珍しい事もあるものだと、フランシスは不思議に思いながら訓練を開始した。


 とはいっても、以前より訓練量は少ない。彼の右腕は回復して来てはいるが、それでも完治ではなかったからだ。大事をとって、せめて訓練は半分にしてくれとアルラに言われてしまえば、フランシスに返す言葉の持ち合わせはなかった。


 訓練するフランシス、座りながら何事か考えている様子のアルラ。両者の間には言葉もなく、ただシンと静まり返る空気だけがそこにある。


 アルラも早くおきているため時間の感覚がおかしいが、フランシスも実際は何時もより早く起きている。ノールもケンドリックもまだ起きる気配はない。ようやく、太陽の神(マグナ・アルゥラ)があくびと共に山より頭を見せた時間であった。その事に、二人とも気づいていない様子ではあるのだが。


「団長は……」


 背を向けたままのアルラは、しかし確かに(おの)が団長に向かって話しかけた。団長からの返事はなかったが、聞いている前提で、傭兵団参謀の少女は話を続けた。


「何故、私を団に入れたんだ……?」


 やや雲の混ざった蒼い空が熟考中の幼い少女の視界を覆うかのように広がる。問い掛けられた団長の視界は、地面の乾いた褐色で覆われていた。


 答えを期待していないかのように、少女はそうして空を見つめ続けた。フランシスはしばらく黙っていたが、ふとしたように訓練を切り上げて、アルラの方に向き直った。


「必要だったからだ。あの頃の傭兵団には基礎の基礎たる戦術家が存在しなかった。それだけだ」


 フランシスはあっさりとそう言って、アルラの横に転がっていた椅子を片手で起こし、それへと座り込んだ。フランシスの重量に椅子がギシリと呻き声を上げたが、彼はそれを無視して眼前の幼き戦術家を見た。おおよその年齢は、成人していないくらいだろうか。


 朝方の燐光を巻いた陽の光に照らされ、アルラの髪が金色に淡く揺らめいている。何時もは自信に満ち溢れた瞳の奥。そこにフランシスは、僅かな怯えと感傷を感じ取った。


「どうした。今日は随分、元気がないな」


アルラはそういわれても、依然として天空を見上げたままだ。フランシスも追随するように、空を眺めた。雲と蒼穹が混じって、フランシスにはそれが酷く日常的に見えた。


「私が聞きたかったのはそうじゃない」


 じゃあなんだ。フランシスの口をついて出た言葉は酷く無遠慮だった。とはいえ、アルラもフランシスもそれを気にすることなく、二人はしばらく、無作為に空を眺め続けた。


「私は……その、なんだ。厄介者そうに見える……のだろう?」


 不安そうに、アルラはフランシスを仰ぎ見た。フランシスは何を唐突に、と思ったが。確かに、初見の印象は"凛とした少女"と、"厄介事か?"の二つであった事に間違いはない。唐突に身なりのいいアルラが無名の傭兵団に現れれば、何事かと思うのは当たり前なのだ。


 とはいっても、どう答えたものか。フランシスは不意に足を組んだ。こういった質問の意図が分からなければ、万が一真っ直ぐに言い捨てた時、大問題になってしまったとき、困るのはフランシスなのだ。


 だが、悩むのは自分の仕事ではない、と彼は自分の頭を乱雑に掻いた。何時もどおりでいいと悩みを切り捨てて、フランシスはアルラの方を向き直った。椅子が再度呻いた。


「そうだな。確かに厄介事に見えた」


 しかし、だからどうしたと言うのか。フランシスは暗にそう言った。今更厄介事を抱えていようが、大抵の事は乗り越えられる大傭兵団の仲間入りを果たしているのだから、心配する必要はないのだと。


 フランシスは情に厚いとは言えない。平和を願うあまり、友の事を喜んでやったり、悲しんでやったりしている暇など無かった。しかし、それでも。年相応にか弱げで、不安そうな少女を見捨ててしまうほど腐ってはいなかった。


「……そうか」

「あぁ」


 弱々しげな返事に、彼は力強く答えた。しかし、本当に今日は元気がないなと思い、フランシスはアルラの顔を覗き込んだ。その顔はどこかぼんやりとしており、赤みが差している。


 フランシスはもしや、と思い、一言断りをいれてからアルラの額に手を当てた。酷く熱を持っている。何か病を患っているらしかった。気候の変わり目、温暖差にやられたか、とフランシスはため息をついて、アルラを寝所まで運んだ。


 病の時は、どこか不安になってしまうものだ。フランシスはもう一度大きくため息を吐きながら、アルラの看病を任せるべく、女性団員を呼びにいった。


 休暇は三日ほど延びたが、こうしてフランシス達は何とかベルロンドでの活動を開始することになる。

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