四十話 砂行く民は星を掴むか
日は暮れ、夜が訪れる。太陽は山向こうへ消えた。フランシスはケンドリックを先に帰らせ、天幕を超えて砂漠へと向かっていた。
砂漠は広い。彼らは今日は何処で木を植えているのだろうか? フランシスは広大な砂漠をキョロキョロと見回した。暗く夜を反射する砂ばかりだ。昨日植えた場所はどの辺りだっただろうか、とフランシスは目を凝らす。
ポツポツと見えた斑点のような植木らしき物を頼りに、彼は歩き出した。あてはない。何故また、自分が植林を手伝おうとしているのかもわからなかった。
いくらかの小さな苗が植わっている場所にたどり着いたフランシスは、周りに彼らの姿がないことを知る。今日は別の所にいってしまったのだろうか。次の場所へ歩き出そうとしたとき、昨夜聞いた少女の声が響いた。
「昨日のおじさん、またきたんだ」
その声に向かって振り向くと、確かにそこに栗毛の少女は立っていた。水で満ち満ちた木桶を持って、フランシスの方を見ている。今日は老人と一緒ではないのか、とフランシスが聞けば、少女は顎で方向を示した。
その先、遥か遠くに木を植える老人が見える。老人が木を植え、その間に苗に少女が水をかけて行くと言う形らしかった。フランシスは納得し、頷いた。
「また手伝っていいか?」
「うん」
少女は満面の笑みでフランシスの提案に返事し、苗にゆっくりと水を注ぎ始めた。が、非力な少女では水の張った重い桶をゆっくり傾けると言う事は難しかったのか。数分後に、フランシスはその桶を手渡され、水を注ぐ方をやる事になった。
ゆっくりと、乾いていた水に命の為の水が注がれていく。思いのこもっていないそれでも、太陽の神は許してくれるだろうか。フランシスは答えの出ない問いを浮かべながら、水を掛け続けた。
「おじさん、名前はなんてゆうの?」
ふと、少女がフランシスに話しかけた。フランシス、と短く答えて切る。彼は自分についてそう多くを語る気は無かった。あくまでも唯一人の人間として、二人と話したかったからである。
少女はフランシスかー、と呟いた。そして続けて、じゃあランスって呼んでいい? と笑顔で問いかけた。彼は一瞬硬直した後、構わない、と頷いた。
「……君は?」
「私? 私はフューレ。フルって呼んで。あ、お爺ちゃんはドゥークね」
二人はそういって名を交換しあうと、静かに笑いあった。年は大きく離れ、歩んで着た道は大きく異なっていたが、奇しくもお互いに、対等の関係で名を知り合った人間の少なかったのである。友人と言うには年が離れすぎているが、フランシスは少しだけ嬉しくなった。
水は撒き終わり、彼は老人ドゥークの方へと歩いて行く。傍らには少女の姿があった。手を取り合う様な雰囲気ではないが、それでも悪くはないと言えた。
「おや、御仁もいらっしゃったのですか。いやはや、気付かずに申し訳ない」
「いや……こちらが挨拶にこなかっただけだ。気にしないでくれ」
そう言うとフランシスは、無言のままにシャベルを手に取って砂を掘り出した。老人は大して驚きもせず、そこに苗を埋めた。
剣の代わりにシャベルを。鎧の代わりに作業着を。そして、弓矢の代わりに植木の苗を。こうして生活する事も、存外悪くないのかもしれない。フランシスは汗を乱雑に振り払いながらそう思った。
楽だ、等とは言えない。この作業は辛く、あまりにも先が見えない。そして、報われるわけでもないのだ。良くぞやってくれたと言ってくれる人間はいない。あまりにも空虚に時間と体力を浪費する仕事にしか思えない。
フランシスにとって、彼らの植林ある意味でこれは戦いだ。妥協や和平の許されない、長い戦いであると感じていた。
苗を植えて、砂漠は消えるのか。フランシスの頭の中には一種の疑念が浮かんでいた。一体何年かかるのだろうか。それを見届けることが、ドゥークに、そしてフューレにできるのだろうか。そんな考えが強く、フランシスは集中出来ていなかった。
おもむろに、フューレが歌を口ずさみ始めた。高い声は砂漠によく響き、フランシスはそれに耳をすませた。砂漠を行く者の歌だろう。どこか静かで、潔い歌であった。何度も繰り返されるそんな歌を、気づけばドゥークも、そしてフランシスも歌っている。
フランシスは繰り返される歌詞の一部だけだ。いざ行かん、砂を踏みしめ。作業の手は自然と進み、終わりは早かった。老人は最後の一本を植えながらフランシスに語りかけた。
「私とフューレは砂漠の民の生き残りです」
砂漠の民。そう呟いた後で、フランシスはその言葉を舌の上で転がした。
「我々の祖先はジョグナ……先程の歌にもあった、"砂に沈みし我らが星"。それを探していたそうです。砂漠の中、どこにあるかもわからず」
その話は、砂漠の植林と瓜二つだ。無謀で無策、どこまでいっても空虚。死が待つのみのそれ。似ているのかもな、とフランシスは砂漠へと言葉を投げかけた。砂漠は何も答えなかった。
「私たちにも、砂漠の民の血が流れているだと、胸を張って言える気がするのです」
フランシスはそうかもな、と言った。そして、自分が何故こうして手伝っていたのかをぼんやりと悟った。
愚直だろうと、どこまでも真っ直ぐに、迷わずに戦う事を選べる彼ら。それが少しだけ、うらやましかったのかも知れない。
フランシスは己を恥じた。それを嘲る者が、誰もいなかったとしても。




