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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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三十八話 喧噪の香り

 むわり。濃厚なソースの匂いがフランシスの鼻を刺激する。甘辛い匂いのするそれは、香辛料と汁が良く掛けられた焼き鳥だ。木の串に刺され、網の上で豪快に焼かれたそれは、宮廷料理人の作った料理より遥かに手軽で安く、かつ魅力的であった。


 串を横にして、その肉厚な歯応えを感じながら肉を引き抜く。そして咀嚼。噛めば、ドロリとしたソースの独特な味と、重厚極まる肉の旨味が広がる。フランシスは思わず唸った。


「自慢の焼き鳥なんだ」


 鼻の下を指でさすった店長に、フランシスは無言のまま頷いた。なるほど、確かにうまい、と。良く香辛料を集められた物だという関心の方が強かったが。


 食物関係のバザールに来たフランシスは、まずその規模と賑わいように驚いた。たった一角に過ぎないというのに五十はあるだろう露店に、百を超える人がその場にはいて、なるほど賑やかであった。


 ちょっとした誘い文句、甘そうな香り、濃厚な肉の匂い、そして銭の踊る音がそこかしこから聞こえてくる。フランシスは少しばかり圧巻されていた。


 ではフランシスがまず何をしたかと言えば、近場の美味しそうな物からとにかく食べて言っている。幸いにも、ほとんど使われないフランシスの懐――無論、軍資金は別――の底は広く、硬貨はたっぷりと詰まっていた。


「団長……よく入るな」


 アルラが何処か呆れた様に呟いた。確かに男は食べるということに関して、驚異的な胃の広さを発揮する。だが、フランシスのそれは些か広すぎた。なにせ、朝食でも凄まじく硬い黒麦パンを二つ貪ったと言うのに、先程からこの勢いのまま衰えない。女であることに加えて、あまり体が大きい方ではないアルラにとっては恐ろしい速度であった。


「ふむ。ケンドリックもこのぐらい食べるだろう?」


 フランシスは串を折って捨てながらのたまう。ノールも筋肉は良く付いているが、如何せん老齢である為、フランシス程に食べたりはしない。無論、充分大食いではあるのだが。


 対してケンドリックは、育ち盛り、という程ではなくとも、伸びしろがまだまだ広く、筋肉も付ききっていない。まだまだ食べて、どんどん筋肉を増やしていかなければならない身だ。だが、それをおいてもフランシスは異常だ、と、ケンドリックは苦笑いを浮かべた。


 逆に言えば、育ち盛りを大きく過ぎたフランシスが自分と同じ程度食べると言うのだから、苦笑する他無かった。


「そんなもなのか?」


 アルラの不思議そうな声が妙に響いた。




 その後、これ以上は食べれんと言ってアルラは天幕に戻った。ノールはそれを念の為護衛して送ると言って付いていった。フランシスとしても、万が一があっては困るので、それに意義を申し立てるような事は無かった。


 結果的にフランシスとケンドリックだけがしばらく食べ物の出店を回ったが、二人の間には妙な沈黙が立っていた。フランシスと二人きりになると、大抵の者はこうなってしまう。これで話を切り出せるのは、精々がアルラかノール、もしくは勇気ある子供ばかりである。


「ケンドリック」


 フランシスが唐突に呼びかけた。どう切り出した物かと迷っていたが、とうとう腹を決めた様である。そんな彼に、ケンドリックは返事をすることもなく振り返った。


「少し、話がしたいんだ」

「……わかりました。立ち話もなんなので、座りましょうか」




 二人は適当な段差を見つけ、座りこむ。赤髪の青年はジッと団長を見つめる。万が一にも、解雇の話であったらどうしようか、と少し思ってしまったのもある。だが、そんな気配ではなく、そう告げるにしてはフランシスは気楽なようにも見えた。


「まぁ、そんなに格式ばった話ではない。気を楽にしてくれ」


 ケンドリックははぁ、と曖昧に返事して、それとなく足を崩した。


「この際だから、聞いておこうと思ってな。――ケンドリックは、何故この傭兵団に残ったんだ?」


 できれば聞かせてほしい、とフランシスは自分の足元を見ながら聞いた。早風団の討伐が終わってからのケンドリックにはまず、二つの手段があった。一つ、傭兵団を抜け、また平穏な生活に戻る事。二つ、傭兵団に残る事。この時、ケンドリックは後者を選んだが、九人程度に過ぎなかった零細傭兵団にいる利点は殆ど無かった筈だ。


 フランシスはそれがどうしても不思議だった。なにかと忙しく、聞く機会に恵まれなかったが、この機会に聞いてしまおうという算段であった。


 赤髪の青年は一瞬呆けたようなをした後、ブハッと笑いだした。堰を切った様に笑いだしたケンドリックに困惑を隠せないフランシスをおいてけぼりに、ケンドリックはしばし笑い続けた。


「真剣な顔してるものだからどんな話しかと思ったら、そんなことだったんですか」


 まだ笑いの余韻を残したまま、ケンドリックは言った。至極真剣な話のつもりだったのだが、こうまで笑われては自分がおかしかったのかと思わざるをえなかった。


「ノールさんみたいに凄い過去がある訳じゃないんですよ、ってだけです。すいません」


 律儀に――と、言うべきか。ケンドリックはそうことわってから、ゆっくりと話し出した。


「俺の場合は、ちっぽけな英雄願望からです」

飯テロなるもの勉強中です。

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