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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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三十七話 選んだ道と仲間達

「……む? ……あぁ。団長か」


 フランシスが天幕をくぐると、アルラが気配を感じたのかもぞもぞと起き上がった。フランシスは答えず、アルラが欠伸をかくのを見ていた。


「ふぁ……ふぅ。随分、夜更けに帰ってきたな」

「待ってはいないだろう」


 ぶっきらぼうにそう言ったフランシスは、自分の寝床の上にどっかりと座り込んだ。眠ろうとする気配は欠片ほどもない。アルラは毛布の中で寝返りを打った様だったが、フランシスが起きているのが余程気になるのか、毛布をどけて起き上がった。


 寝ぼけ眼を手の甲で乱暴にこすったアルラは、じっと自らの上司を見た。上司の方はそれを流し目に、やはり胡坐を掻いて虚空を見つめていた。


 下手をすれば頭の壊れた人間にも思える。何かの強い衝撃――物理的、精神的を問わない――を受けた人間の一部はたまにこうなる事がある。だが、フランシスのそれは、思考深く熟考に沈んでいるときの顔だ。アルラもそれは承知していた。


「何を考えているんだ?」


 フランシスはしばし沈黙を保った。聞いていないわけではないと分かっている彼女は、声を出すこともなく待っていた。


「もっと他の方法があったのかも、と思ってな」


 平和を目指す戦い方は、なにも戦場に出て戦を素早く終わらせるためだけではなかったのかも――。フランシスは今更ながらに思っていた。それは、砂漠に木を植える二人を見ての事だった。


 一見無意味で、途方もない植林。しかしそれは、考えて見ればフランシスの戦いも同じようなものであった。違いは、目に見えるか、それで食って行けるか否か。それだけであった。


 フランシスの戦いにも、別解はあったのだろうか。時間が掛かっても、見返りがなくても、他にできる事があったのではないか。フランシスの中を渦巻いているのは、そんな益もない思考ばかりだ。


「なんだ、そんなことか」


 そんな思考の迷宮を、アルラはそんなことと切り捨てた。欠伸一つで済まされてしまったのは、フランシスにしても強い衝撃であった。


「確かに、あったかもしれない。いや、探せばいくらでもあっただろう。どんなに無謀なものだったとしてもな」


 アルラはそう言いつつ、自らの身に再び毛布を掛けて寝転んだ。


「だが、もう終わっている事だろう?」


 フランシスは瞑目した。なるほど確かに、幾ら考えても今更であり、いくら行動しても既に過去である。故に、フランシスの話悩みは"もしも"に過ぎず、全くの無意味であった。


「団長の後ろには、団長が歩いて来た道があるだけだ。過去ばかり見つめてくれるな」


 それだけ言い切って、アルラはさっさと毛布の中に包まってしまった。残されたのは、筆舌に尽くしがたい表情のフランシスだけであった。自分より幼い少女に、自らの歩んできた道を忘れるなと諭されるとは、ずいぶん弱気になったものだ。そう自嘲の笑みを浮かべた後、フランシスも眠りについた。




 翌日。フランシスはベルロンドの喧騒を出歩いていた。その傍らに、ケンドリック、ノール、アルラと続いている。戦いから離れたフランシスが手持ち無沙汰にしていたのを、ケンドリックが態々呼んで来たのである。


 こと、若者の勢いの良さには目を見張る物があるが、自らの上司とここまでフランクに誘いに行ける若者はそういないだろう。


「ほら、団長! 考え事してないで、色々見ますよ!」

「昨日あれだけ見ていたのに、まだまだ見る気なんですな」


 ケンドリックが快活に前を行き、ノールはその後ろをにこやかに歩いている。親と子程の差がある彼らは、知らぬ間に随分と仲が良くなっている様にも見えた。


 対してアルラとフランシスは、その二歩後ろ程を歩いている。並んで歩いているのは偶然か、あるいはフランシスがそれとなく護衛するための配慮か。とはいっても、装備を殆ど外している現状、警戒するのも仕方ないと言えた。


「無意味な外出は得意ではない」

「右に同じく」


 フランシスは苦々しげに呟く。彼は日常と言う物が苦手な奇異な人物であり、それが故の発言だ。ただし、続いて呟かれたアルラの言葉はただの出不精である。そんな二人に苦笑を浮かべたケンドリックは、まぁとりあえず見て周りましょう、という意見は崩さない。団長も参謀も、気を張り詰め過ぎであるのは団員全員の総意である。


 気を抜かせるため、と言うと少しおかしな話に聞こえるかもしれない。だが、鉄鬼傭兵団員にとっては重要な事である。団長の体調を気にする声も多いが、何よりもトップが気を張っていると、自分たちが思いっきり遊べないという点も相応に大きかった。


「んじゃ、昨日武器とか鎧とかは見たんで、食べ物とかの方いきましょう! 知ってました? ここのバザールは幾つかの種類で分かれてて、あっちが武器、あっちが食べ物、あっちが装飾品の列なんですよ!」

「ほう」


 ケンドリックから出た情報に感嘆の声を上げる。普段は戦士らしく――そして、大人らしく振舞う事の多いケンドリックだが、こうして年相応の無邪気さを出す事もあるのだと知ってである。


 だが、考えてみるとフランシスの知っている事は少ない。ノールから話を聞いた程度で、アルラが何故鉄鬼傭兵団に来たのかも、ケンドリックがどういう青年なのかも知らない。フランシスは自分をないがしろにし過ぎるあまりに、自らの周りさえ見ていなかった事を、今ようやく気づいたのである。

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