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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
三章 黄金の稲穂と砂塵の中で
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三十四話 休暇の知らせ

 ベルロンドへの入国を果たした鉄鬼傭兵団。好景気だけあって道行く馬車は多く、市は賑わっている。魚や野菜などの輸入品、それを運んできた商人。こと商売に関しては、商人もしたたかである。様々な商いは、正に戦術。フランシスをして目移りする程の多彩さを誇る商品群が武器だった。


 国境解放からずっと栄えているのは、国庫にたまった様々なものを吐き出しているからに他ならない。


 そうこうして賑やかなそこを、傭兵団は行く。商業で栄える都市には異様な雰囲気を醸し出す彼らは、衆目を一気に引き寄せた。


 隻眼のフランシスを先頭にその後ろに乗ったアルラ、壮健を表したような赤髪の青年であるケンドリックと続き、その後にも屈強な戦士たちが続く。


 最後に歴戦漂わせる弓兵ノールが旗を背負う。鋼色に彩られた湾曲した角の紋の旗は、噂の存在である鉄鬼傭兵団の名を連想させるには十分である。


 ゆっくりと歩を進める傭兵団の面々は、街中を超え、もっと奥へと向かう。それにつれ人足は少なくなり、町の喧騒も息を潜めた。


 町は奥へ行く程活気がなくなり、とうとう無人となる。そうなった後の町に延々と続くのは、唯々砂漠のみであった。駐屯地にはうって付けな空き地であり、完全に砂漠となる場所より一歩手前程度で止まってもいるが、時折吹く砂塵をまとった風は傭兵団を歓迎していないようだった。


「ここまで酷くなっていたとはな」


 アルラの、何処か呆然としたような声が、不思議と響いていた。


 ベルロンドは、元々荒野と普通の気候の地帯を跨いだ場所であり、非常に温暖な国である。冬はほとんど無く、一年を通して比較的暖かい。ただそれだけの国であった。幾年か前より、より南から砂漠が侵食してくるまでは。


 今や国土の半分程度が砂漠化し、このままでは農耕地帯も危ういと、ベルロンドの貴族議会はようやく気付けたのだ。


 だが、どうするかの対応策が見つからず、盗賊の問題も深刻であった。となれば、どちらから対処するかで議論が終わってしまうようになる。


 ベルロンドは今、時代の袋小路にいた。


「ともかく、寝泊まりする分に問題はなさそうだ」


 ケンドリックが呟く。なるほど無人の建物もいくつか残っていて使用は自由であるし、天幕を張って防げぬ程の砂塵でもない。


 フランシスは兎にも角にもまずは寝床と、団員に指令を出して天幕を張らせ始めた。なんにせよ、フランシスは生きていかなければならないのに変わりはないのだ。こうしてまずは寝床の準備、それから――


「休暇か」


 何気なしに団長が呟いた言葉は、彼が思ったよりもずっと強く団員の耳に届いた様だった。


「き、休暇なんですか!?」


 誰かが耐え切れなかった様子で声を上げた。その様子を見たフランシスはゆっくりと振り向きながら、首を上下に振って肯定の意を示した。


 そもそも、鉄鬼傭兵団は休みが少なかった。何かと忙しく、まともな休暇と言ったものを取る時間がなかったのもあるが、フランシスが傭兵を――部隊を率いる上で、どの程度休暇を入れればいいのかのノウハウがなかったのが大きいだろう。


 そんな理由があって数少ない休暇を、今が一番賑わっているベルロンドでゆったり過ごせるとなれば、語らずとも彼らの興奮が分かるだろうか。全員がまるで竜の首でも取ったかのような歓声を上げた。フランシスは微笑みら賑やかなのは良い事だとは思いながら、一応団長として釘は刺しておく。


「行動は自由だが、あまりにも目に余るようなら首を飛ばしにいくぞ?」


 一瞬、ビシリと喜んでいた団員の動きが静止する。無論、犯罪などを犯せば罰がある。集団としては当然のことに過ぎないが、死をもって、ということは滅多にない。だが、相手はあの団長であるのだ。出来ないなどと言い切る事はできなかった。


「……と言うのは、流石に冗談だが」


 静寂の中、ポツリと発された言葉に全員が安堵する。たとえ自分が死ななかったとしても、自分の隣で寝ていた友人の首が転がっているのも気分が悪いのもあった。


「あまり羽目を外しすぎるなよ? 殺しはしないが、罰則ぐらいはあるぞ?」


 少しだけ微笑んでそういったフランシスに、幾つかの乾いた笑いが帰ってきた。あなたが首を飛ばすと言うと冗談に聞こえない、等と言う命知らずはいなかった。フランシスならば鷹揚に受け取ってくれるだろうとはいえ、確定ではないのだから。


「それに、まずは天幕からだ」


 自由な休暇であっても、寝る場所の確保は大事だ。一部は宿などにも泊まれるだろう。だが、全員がそうではない。


 残りは宿を取れないことが多い。こういう集団は持ちつ持たれつでやっていくしかないのだ。団員達も納得しており、さっさと天幕を張って休暇にしようとテキパキ動き出した。


 素早く天幕を張り終えた彼らはフランシスから渡される自らの給金を手に、思い思いのペースでベルロンドの喧騒へ向かって消えて行く。


 ケンドリックも、ノールも。アルラですらそうだ。


 そんな姿を流し目に、フランシスは特に行く当てもなく、その場で座り込んでいた。


 その目前の、果て無き砂漠を見つめながら。

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