番外話 日常、とある兵士の背中より
一応、10000Pv記念話です。
メタな話とかではないので、ご注意ください。
鉄の打ち合う音が響く。鉛色の煌きが跳ね、一つの剣が宙を舞う。瞬き一つとないうちそれは地面へと突き立ち、持ち主の帰還を待つ事になる。
「踏み込みが甘い。もっと力強く踏み込め。実戦であれば首が飛ぶ。……洞察眼は良い。そのまま伸ばせ」
剣を弾き飛ばした男――フランシスが、訓練をしていた兵士に対して一言入れる。鉄鬼傭兵団、訓練の様子である。主にフランシスを相手として実戦形式で行う。致命傷となりうる部分には綿当てこそつけるものの、潰されても刃の重みは同じだ。
鋭いフランシスの一言に何を返すでもなく、礼をした後に兵士は中央から離れる。フランシスが次、と大声で言い、訓練をつけてほしい兵士がまた一歩、歩み出た。
団長は何時も通り強い。一人の兵士は、自らに与えられた剣を研ぎながら思った。曲剣程ではないにしろ、両刃剣にも刃は付いている。であれば、磨いて研げば、自らの身を救いうるのだから、怠ってはいけない。
シャインッ、シャインッと耳心地のいい音が鳴る中、一人の兵士――仮称、ジョンとしておく――は、自らの団長を再び仰ぎ見た。
ジョンと同じく黒色の頭髪は、手入れ等を施している様子がまったくなく、さび付いたかのように艶と言うものがない。長さもそう無く、短く切りそろえられている。無骨そのものだ。
いくら男と言えど、地位や個人差はあれど、当たり前のように自らの身を良く見せようとするものだ。汚い訳ではないが、もっと洗った方がいいのでは、と思う反面、ジョンの中ではこれが団長だ、という思いも渦巻いて複雑そのものであった。
フランシスの片方しかない目は透き通る様な碧眼だ。しかし、青と言うよりは、深い群青色という方が近く、至近距離でみればほんの僅かに緑が混じっている事も分かる。だが、ジョンの思うフランシスの目の綺麗さとは、色などではないと考える。どこまでも迷いのない目である点だ、とジョンは考えるのだ。
団長そのものは、いつも深く悩む。これでいいのか、これでいいのか、と何度も自問している。だが、その瞳には迷いという物が一切ない。本人の葛藤とは裏腹に、彼の瞳は最初から最後まで、同じものしか射抜かない。そこにあるのだとジョンは信じて疑わない。
常人らしく悩み、苦しみ。しかし、その瞳だけは決して曲がらない。そこにジョンは、"フランシス"という、常人と英雄の間で揺れる何かを感じるのだ。ジョンはそれが、酷く身近に感じるそれが美しく思えた。
「団長。訓練のところ悪いが、装備の更新について早急に相談したい。いいか」
「あぁ。構わん」
ジョンは自らの舌打ちが外に漏れるのを何とか抑えた。ジョンにとって、忌々しい存在の登場である。
ポート・パティマス出発の直前、不躾かつ不遜な態度、言動で傭兵団に乗り込んで来た生意気な戦術家の小娘――アルラ。彼女の存在を気に食わないのは、何もジョンだけではない。ほかにも、二十名あまりがそうだ。
それらの存在は、団長への不躾な態度や、最年少でありながら自分達を顎で使える立場であると言うことが大きい。フランシスが許し、かつ目を光らせているとはいっても、そういった不満が出てきてしまうのは、ある程度仕方のない事だ。
そもそも女の癖に、という物も少なくはない。だが、この意見は他の女性団員の存在で、極々少数派だ。だが、確かに根ざした男女の価値観はそう変えられる物ではない。
何より、毎日殆ど変わらない、裕福な者が着る様な上等なローブなどの衣類。自分達は基本的に麻服に鎧だというのに、と憤りを覚える者もそう少なくないものである。とはいっても、これも少数派だ。
だが、そんなもの達も、アルラがいる、という事による優位性は確りと理解している。自分達をより効率良く動かす為の要であり、もしあの場にいなければ、団長とて命を落としていた可能性さえある。となれば、自分達の独断で追い出す訳にも、ましてやフランシスに直談判しても追放という事は絶対にない。
渋々ながらも、指示に従うのはそういう訳があってのことだ。それに、アルラ自身がジョン等の兵士達をわざと不快にさせるような事は一切していない。ただ、自分の言動、行動により、周りがどう反応するかを分かっていないだけだ。そういう事情があるから、大目に見よう、という者達もいる。
ジョンは舌打ちをしながらも、二人を横目で見る。アルラの目は、翡翠の様な青緑。それが団長を静かに見つめている。流れるような長い金色の髪が、風で揺られて舞い、アルラはそれを鬱陶しげに抑え付けた。薄灰色のローブも風に揺られるが、そちらは一向に気にせず、アルラはフランシスを見上げる形のまま話続けている。
見る人が変われば、用心棒と、それを雇った無機質な姫の様にも見える。二人の立ち振る舞いや容貌が、そんな雰囲気を醸し出すのだ。無論、フランシスも意識してアルラを守ってはいないし、アルラもフランシスに守られている気はないのだろうが。似合う、といった方が分かりやすいかもしれないな、とジョンは思った。
そうして、ジョンがジッと眺めているうちに、アルラとフランシスの話は終わったらしい。アルラはさっさと歩幅を大きくして離れていった。それを何となく横目で追いながら、ジョンもゆっくりと立ち上がった。剣は鞘にしまって、訓練用の刃の潰れた剣を手に持って、自らの団長に一礼を送る。
「ジョンであります。団長、一手ご指南願います」
「いいぞ。……どこからでも打ち込んで来い」
オオオッ! と、そんな気合の声と共に、ジョンは渾身の一撃を繰り出すべく、フランシスに向かって、一歩強く踏み込んだ。




