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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
二章 王国首都パートマデット
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三十話 終幕、空ろな晴天

 フランシスとアルドの衝突が終わっても、戦場は続く。全体としての戦いでは、傭兵連合がやや不利と言える。それは、フランシスとイェルサが率いていた部隊が橋から撤退したからだ。数的有利はロベリット領主軍にあると言えた。


 だが、それはパッと見た限り、数に限ってみれば、という話である。数的有利は士気の差で比較的あっさりとひっくり返る。


 それは一重に、自軍の英雄――一騎当千と謳われた"盾貫き"アルド・リッドが下された事が大きい。次に、鬼の様な強さのフランシスが何時再び襲い来るか分からないという恐怖。それに苛まれ、恐れが兵士たちに広がっている。逆に、同じ理由で傭兵連合の士気は上がりに上がっている。


 必死に舵を取るヴァジルだが、逐次指示を出すアルラの攪乱についていけない。単純な戦術家としての経験はヴァジルが上、しかしその才能、才覚はアルラの方が一枚上手だった。


 後少しで王国首都に手が届くというのに。ヴァジルは頭で半分諦めながら、しかしもう半分では決して諦めようとしなかった。


「戦え! ファル・エヴァンタイン伯への忠義を果たせ!」


 必死に檄を飛ばすヴァジルだが、彼は英雄ではない。これでアルドが陣頭を努めていたのであらば、いかようにもする事はできたのだろうが。


 死と鬼への恐れが勝った何名かが、橋を戻って逃げ出し始める。二人、三人と逃げれば、自分も逃げたいのは道理だ。走って逃げられるのであれば、いくらでもにげる。芋づる式に逃げ出す兵士たちの指揮を、ヴァジルは仕切る事ができなかった。


 次々に消えて行く戦列に、度々飛んでくる必中の矢。今は影も見えない(フランシス)への怯え。もはや止める事はできない濁流。一度崩壊し、敗走した戦列が士気を取り戻す事は不可能に等しい。崩れ行く隊を――否。崩れ行く戦場を横目に、ヴァジルは歯を食いしばった。


 もう戦線の建て直しは不可能だ。いくら諦めの悪いヴァジルであっても、それぐらいは分かった。自分の利や命を考えるのであれば、これに乗じて逃げるかの二択が最適である。


 だが、ヴァジルは後ろへと逃げ去る者達に逆らって前に歩き始める。受けた恩義、受けたぬくもり。到底捨てられる様なものではなかった。青年の狭まった思考はもはや、この戦いからの撤退を認めない。


 命を救われ、教えをもらった恩人。彼の命が消えようとするからこそ、ヴァジルはここで勝たなければ成らない。既に絶望的であっても、一矢報いてやる。ヴァジルの瞳に諦めは見えない。見えるのは、もはや狂気ばかりであった。


 護身用にとベルトに挟んだ短剣を引き抜き、鬼気迫る表情のまま敵の戦列に飛び込んだヴァジル。運動神経のない彼、しかも指揮を執らねばならない戦術家が兵士の列に突っこむのは自殺行為で、愚行にほかならない。


 だが、異常なほどの執念による怯えからか、ヴァジルは一人ながら戦列の内部への侵入に成功する。いくら非力なヴァジル一人とはいえ、兵士が密集した状態の戦列の中では武器を振ろうにも味方に引っ掛かってしまう。兵士を全力で掻き分け行くヴァジルは、今正に戦神の加護があった。


 一瞬後に、必殺の矢が額に突き刺さるまでは。


 ノールの矢だった。混乱極まった戦場の中で、誤射の可能性すら許さずに、一射の元に敵を射殺すのは簡単なものではない。"鷹の目"とは、伊達や酔狂の名ではないのだ。今の世に、ノールに及ぶ名弓手がいるかどうかは、疑問の残る所。


 老いて戦場より離れても、培った経験と能力は廃らないものだ。


 そんな天涯の領域の矢を受け、僅か一瞬の間。ヴァジルはぐずぐずに解けていく様な視界と思考の中、声にならぬ声で呟く。


「何の役にも、たてませんでした」


 額が割れ、脳に矢の突き立つ痛みよりの苦悶。大恩に報いる所か、その生存への命綱さえ絶ってしまった慟哭。自らの力を及ばせる事のできない、アルラ――その他、敵方戦術家への嫉妬。


 すべてがないまぜになった心中のまま、ヴァジルはゆっくりと崩れ落ちる。完全な指揮崩壊。僅かにロベリット領主軍の戦列を支えていた兵士は、これ幸とばかりに逃げ出した。


 青年の目を見開いたまま倒れている。僅かの鼓動も無く、僅かの呼吸も無い。――命の糸はもうみえない。瞳は涙を湛えたまま、二度と閉じられる事はないのだ。




 こうしてパートマデット王国首都防衛線は、人知れずして幕を閉じる事になる。


 フランシス、及びその率いる鉄鬼用兵団含み、四つの傭兵団による傭兵連合対、ヴァジルが指揮を執る四百四十の軍勢、ロベリットよりの侵攻軍。


 結果は、傭兵連合の損害約百二十。内、負傷者四十二名。ロベリット領主軍の損害、約二百。内、負傷者不明。象徴であった重装偵察兵アルドは捕虜に、指揮を執っていたヴァジルは死亡。ロベリット領主軍は両指揮官が倒れた為、指揮崩壊を起こして撤退。


 数多の犠牲を払いながらも、パートマデット防衛には成功する事となる。


 この後、王国、教国間で条約が交わされ、ロベリット領主軍の侵攻は独断専行と成された。だが、当のロベリット領主は行方不明となっていた。


 フランシスはそれに僅かな不安を感じながらも――ともかく、戦いは終わったのだ。そう、空ろな顔で空を見る。晴れ渡った青い空が、何故だか妙に憎たらしかった。

これで二章は終了となります。次の投稿は地図話、ヒマがあれば幕間話、三十一話、となるので、少し遅くなるかもしれません。ご注意を。


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