表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォーアクス戦記  作者: 秋月
二章 王国首都パートマデット
30/87

二十九話 交差した刃

 両手にそれぞれ、片手斧を握り締めたフランシス。サーベルを構えて相対するアルド。とはいっても先の騎乗戦とは逆に、両者の間には隔絶した実力が横たわっている。


 地面に引きずり下ろされたアルドは、サーベルを扱う技術だけは持っているが、それだけだ。日頃から訓練を怠っている訳ではなくても、実戦ではほぼ使う事のないのだから、そう高い技量を持っている訳ではない。


 反面、フランシスは歴戦の歩兵である。どうしたって勝ち目がないのは誰にでもわかる事だ。


 二刀流――しかも、斧というのは、非効率極まりない構えだ。盾を持っていた方が様々な攻撃に対処でき、攻撃にも専念できる。


 そもそも二刀流というのは、何かと誤解されがちであるが、防御偏重の戦い方である。盾を構えた方が防御性は高いが、前に展開すると視界が制限されてしまう。だが、二刀流は違う。


 どちらかと言えば受け流す事や逸らす事に特化しており、また武器が盾の代わりとなる為視界が限定されない。右手で受け、左手で殴り掛かる、という事が主体の反撃と一撃離脱に長けた技でもある。


 では、フランシスの二刀流――正確には刀ではないため二斧流だが――は、どうだろうか。


 こちらも確かに、防御に重きは置いている。左手の斧で受け流し、打ち落とし、右手の斧で脳天をカチ割るというのが根本にある。だが、フランシスの場合は両手それぞれで致命の一撃が放てるため、攻撃にもすぐれている。


 油断はない。右手が疲労による尋常ではない痛みに襲われている以上、フランシスもそこを突かれれば敗北に至るやもしれない。となれば、決して油断出来る様な相手ではなかったのだ。


 両者の間、静かな時間が一瞬流れる。


 一人の兵士が無粋にもフランシスに切りかかってから、場は一気に動いた。


 フランシスはその兵士の鼻面に、振り向き様、左手の斧を叩き込む。ベキリと鼻の軟骨が折れる軽い音、続いてその周りの骨が折れる重くるしい音。その兵士が倒れかかった時にフランシスはアルドに向き直った。


 アルドはアルドでその気を逃す訳にはいかず、一気果敢に殴りこむ。渾身の力で振り下ろされたサーベルが空を切ってフランシスに迫る。


 すんでの所でサーベルを右手の斧で受け止めたフランシスは苦痛に顔を歪ませる。筋肉疲労からくる肩が千切れてしまいそうな程の痛みは、到底耐えられる様なものではない。だが、それを歯を食いしばって無視したフランシスは、続けざまに左手の斧をアルドに向かって振るう。


 盾で受け止めたアルドは、逆に盾がへこみそうになって慌てて弾く。フランシスの一撃は、どれだけ疲弊していても軽くすむ代物ではない。それは長い間、一人の戦士を生き延びさせてきた、研磨された手段の一つであるのだから。


 しかし、アルドも突破が可能な点は見えた。やはり右腕だ。動かすだけでいたい部分をつき続け、体勢を崩したときに仕留めるしかない。握り込んだ拳に汗が滲んだ。


 出来るのだろうか。アルドの中で不安が渦を巻く。自分は、自分の歩兵としての強さはこの強大な戦士を、破るに至るだろうか、と。そして、その不安を大きく息を吐いて事で掻き消した。


 どうせ、負ければ同じだ。駄目で元々。であれば、勝ちを食いちぎりに行く事に異存はない。


「ゼ、ヤアアァァァァァッ!」


 血を滾らせ、肉を裂かんとサーベルが舞う。袈裟懸けに振り下ろされたそれを左の斧で受けたフランシスに向かって、アルドは間髪入れずに盾で殴りかかった。騎士家の矜持――盾は守る物である。それすらもかなぐり捨てて今、一人の戦士が勝ちをもぎ取りにいこうとしていた。


 とっさに盾による殴打から胸板を守ったフランシスの右手が激痛に苛まれる。もや、斧を握っていることすらままならない。


 だが、フランシスも只者ではない。振り回す事が出来ない以上、もはやそれは鉄の錘だ。そう割りきったフランシスは即座に右手の斧を手放すとそのままアルドの盾に掴みかかった。


 腕の伸びきったアルドは盾を引っ込める事もできずにつかまれる。そうなってしまえば、もうフランシスの豪腕からは逃げられない。フランシスの右腕にまた負担がかかり、歯を食いしばって耐えるフランシスの顔は真っ赤だ。


 だが、振りかぶられた左腕の斧は、決してその勢いに衰えなど見せない。裂空の刃を目の前にしてフランシスの豪腕におさえられ、盾すらまともに構えられはしない。


 ああ、やはり。付け焼き刃の剣術ではこの程度だったか。本物の戦士には敵わなかったか。アルドは心中であっても負け惜しみ一つ唱えようとはしなかった。ただ、迫る死を恐れず、時間の流れがずっと遅くなった世界でふっと目を閉じた。安らかに、痛みなく、とは望めずとも、せめて綺麗に逝きたいという願いだった。


 ガギィン。片手に持っていたサーベルが砕ける音。


 アルドがそっと目を開けてみれば。そこにはアルドの首に斧の刃を突きつけながら、しかし殺意の籠っていない目でアルドへ語りかけた。


「"盾貫き"アルド・リッド。貴君を我が団の捕虜とする」


 どこか優しげで、父のような雰囲気を感じさせる声。そんな声にアルドはため息をついた。


「異存はない。完敗だ」




 二人の退けぬ戦いは、フランシスの勝利で幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ