二十七話 大橋の名も無き死闘
鋼が打ち合う音が響く。血みどろに戦場にあって澄んだ音を響かせる。
長柄斧を大きく右後ろに振りかぶって、一撃。突撃槍がフランシスの斧を退けて、お互い遠ざかる。
騎乗戦は突撃、離脱の単調な繰り返しだ。だが、当人たちにとっては複雑怪奇でわずかなズレが命とりな真剣な戦いである。
正式な決闘ではお互いに左右のラインに別れて突撃しあう物だが、乱戦に線などない。それに、お互いに武器の制限もない。となれば、野戦での騎兵同士の戦いは、必然的にルール無用の突撃合戦になる。
とはいえ、やはり騎乗戦になれているアルドの方が傍目には有利だ。一撃一撃、しっかりと槍で突く。フランシスも受け、流してこそいるが、やはり危うい機会はフランシスの方が多い。
しかし、フランシスも負けてはいない。彼の培ってきた経験は馬鹿にならないのだ。事実、未だに騎乗戦に慣れない彼が、戦闘に特化していないとはいえ熟練の騎兵、アルドとほぼ互角に渡り合っているのだから。
また一合、武器が交わされる。今度は、突撃槍をフランシスの斧が逸らした形だ。それた先で当たりかけた腕は手甲のおかげで危機を免れていた。手甲から伝わった強い衝撃を無理やり腕力で払ったフランシスは、既に騎馬を旋回させている。
若者の騎兵、アルドは年恰好はケンドリックと同じ様に見える。槍を突き出す姿は勇壮で歴戦だ。ケンドリックとは比べ物にならない戦士ながらも、フランシスは自然と彼と重ねた。
今、ケンドリックはフランシスから離れて、古兵ノール率いる弓隊への攻撃を妨害している手筈だ。アルドの背をこえた向こうで戦う彼はがむしゃらであり、まだまだ若く経験も少ない。
では、アルドはどうか。まだ若い彼は、これだけ強くなるのに一体どれだけの時間を"戦い"に費やして来たのだろうか、とフランシスは武器を交えながら思う。
火花が散り、また一合フランシスとアルドが交差した事を伝える。長柄斧を片手に持ったフランシスの、渾身の振り下ろし。アルドはそれを器用に槍で逸らし、離れる。
馬上という不安定な状況ながら、フランシスの剛力は衰えない。逸らしただけで否応なしに衝撃を与えるフランシスの重撃は健在である。片目だけの視界であっても、彼の圧倒的実力は衰えない。
とはいっても、長柄斧を片手で振り回すのはフランシスぐらいなものであり、その彼であっても負担は大きい。フランシスとしても両手で振るいたいが、まだ馬に慣れきっていない彼は、片手で手綱を掴んで何とかしている。
逆にアルドが片手なのは盾を胸の前で構えているからだ。手綱は回頭するときしか握っていない。槍による防御を抜けても、盾があるために致命打を与えられていないのがフランシスの現状だ。
両手で振るえば盾を崩せない事はない筈だ。フランシスはまた一合、武器を交えながらそう思考する。盾さえ崩せれば叩き落とせない事もないだろう。だが、それが至難なのである。
戦場で成長できるのはほんの一握りの天才だけだ。そうでない者の戦場での成長とは実感する前に死ぬか、戦いが終わってから気付くかの二つである。フランシスは確かに戦いの才を持っているかもしれないが、天才ではなかった。
一合、二合、三合。展開の進まない、膠着状態が続く。このままでは埒があかない。お互いを睨みあいながら、二人は同じ事を考えた。
「膠着、と言ったところですかな」
バシュンッ! 古兵ノールの強弓より放たれし矢が空を裂く。それは皮の兜を易々と貫通して見せた。
弓兵、特に長弓を扱う者は目が良い事が多い。無論、優先対象を決める判断力や、矢の軌道を考える咄嗟の計算力も重要だが、どちらにせよ遠くの物を見なければならない。目も良くなろうと言うものである。
しかしノールのそれは、通常の長弓兵を大きく凌駕する。ある所では"鷹の目"ノールと呼ばれている程である。
また、強弓が引き絞られ、一射。また、一殺。淡々と弓を射るノールはその傍ら、遠くに見える自らの団長を見ていた。戦いが膠着状態であることも、彼の"鷹の目"には見えていた。とはいっても、矢を差し込む様な無粋をしようとは思わなかった。
むしろ、ノールはそれを阻止する側だ。必殺の矢は、自らの団長と騎兵の戦いに横槍を入れんとする者を優先的に射抜いていた。
そんなノールからのフランシスの戦闘は、ややアルド有利、と言ったところに見えた。やはり、なれない騎乗戦、という所が大きいのか。どうにも、攻撃が掠る事が多いのはフランシスであった。
戦場全体の戦果はまずまずである。初撃で左右からしこたま矢を叩き込まれ、疲弊し数の減った所へ挟撃を加えて。そうなれば、実質的な戦力は同等以上にあるのだから、傭兵連合が有利だ。だが、その士気に大きく影響するフランシスが倒されればどうなるかわかった者ではない。
「勝っていただきたい物です」
誰に向けるでもなく呟かれた言葉は、必殺の矢を伴って消えた。




