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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
二章 王国首都パートマデット
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二十六話 退けぬ二人は

 曇天、雨は既に止んでいながら、その男――騎兵アルドの気は晴れなかった。何故、もう一度戦線が開いているのだろうか。何故、自分はまた人を殺さなければならないのだろうか……。そんな思考が彼の中で渦巻いている。


 それでも前へと進もうとするのは、恩義を全うする為だ。ロベリット領主は人望に恵まれていた。


 突撃、離脱。突撃、離脱。良く鍛えられた軍馬は、ちょっとやそっとの重量では負担にすらならない。だが、そんな重量の攻撃を繰り返してもまだ、戦場を掻き乱すには至らない。ある意味で、フランシスは天災の様なものであったのだ。


 それでも単騎で二十を越える数の(むくろ)を重ねれば、見えるものもある。それは、挟撃部隊のそれぞれの隊長が先頭に立って鼓舞しているからこそ、これだけ士気が高く、手こずるのである、と。


 目に見える信頼の対象――英雄は、否応なしに戦場の空気を変えてしまうものである。味方は彼に続けと奮い立ち、敵方は英雄を仕留めようと躍起になる。いつの時代も変わらぬ物の中にそれは含まれていた。


 アルドは駆ける。命が惜しくなかったアルドにとって、微力たりとも、英雄を刈り取らんするは道理であった。不運は、その矛先が片目の鬼、フランシスへと向いた事であっただろうか。それとも、傭兵連合を敵としたことであっただろうか……。




 フランシスは馬上で、一人の男を見つめた。男もフランシスを見つめた。


「先の戦では、見事だった」


 おもむろに口を開いたフランシスに対し、男……重装偵察兵アルドは無言で応えた。フランシスは一度とはいえ、自分を倒した男に敬意を払う。それが例え、何十の骸をこしらえて疲弊し、理性を捨て鬼と化し、判断力の鈍った自分だったとしてもだ。


 アルドは静かな目で、しかしその中で闘志を燃やしている様だった。とはいっても、鎧の覗き穴(スリット)から垣間見える感情はそう多くはなかった。フランシスが読み取れたのはそこまでだ。


「だが、今度もそう上手くいくと思うなよ」


 長柄斧を、大きく一振り。空振りだ。元より当てるつもりはなかっただろうそれは、フランシスが自らが万全である事を示していた。


 そんな彼を見て、アルドは目を細めた。どこかまぶしげに。


「団長、フランシス、だったか。……一つ、聞いていいだろうか?」


 見た目に反して爽やかな声が、鎧を通して発された。戦場の中にあって二人が邪魔される事は無く、フランシスもその会話に応じるべく頷いた。


「貴方は、何の為に戦う?」


 どこか迷っている様子でもあった。まるで親に相談するかの様な物言いは、戦いを決意していながら、その理由を探す戦士であるとは思えなかった。フランシスは長柄斧をゆっくりと握り直しながら、自分の中の考えを纏めた。


 どうしたってフランシスの答えはフランシスの答えでしかない。戦いを続ける理由は戦士一人一人違う物だ。フランシスはどう答えるべきか悩んだ。


 鋼が相打つ戦場、血肉の踊る戦いのみを欲す者。家族を養ったり、良い暮らしを行う為の金を欲する者。崇高な正義に基づき悪を断たんとする者。皆様々である。


 であれば、フランシスはどれに分類されるのか――。フランシス自身、改めて噛み砕いて見なければ分からなかった。


「俺は……。そうだな。顔も見た事のない人の為に戦っている」


 結局、彼は自分の戦う理由をそう説明する事になる。


 フランシスは、かつて自らの家族と故郷を小規模な焦土作戦で失っている。ぐずぐずに崩れた自分の肉親の遺体がまだ彼の目に残っている。強く残ったそれは、人格や思想にも強く影響を与えている。


「名も、顔も知らぬ誰かが。俺の様に不安に駆り立てられずに生きてほしいが為に、戦っている」


 いつか、自分の家が焼き払われるのではないか。培ってきた家畜が、畑が、馬が、人が――そして、絆や心が。焼き払われてしまうのではないか。そんな、根拠のない不安に苛まれる様な生き方をしてほしくない。フランシスはその一心で戦っていた。


 それはある意味、勝手極まる行為で、あまりに無謀だ。


 それはどの様な戦も認めず、ただ、否応なしに戦う事を強制される修羅の道。戦いを認めず、それを止めるために戦うという、始めから矛盾しているそれは、しかしフランシスの根底にあって離れない。


「立派だな」

「無謀さ」


 アルドの賞賛に対し、フランシスは自分のやっている事を切りすてて返した。無理だ。無理に決まっている。だがそれでも、やらない訳にはいかないのだ。


 でなければ、家も、財も、友も、家族すらも失って。それからずっと走り続けた十八年の戦いが、全て無為に帰してしまう。顔も見たことのない人の為、そして、過去の向こう見ずだった自分の為に、フランシスは戦っていた。


「私も、貴方程に無謀であれたならよかった。何も考えずに敵を引き裂くだけなら、迷うこともなかった」


 馬に乗ったまま、アルドは天を仰いだ。彼の信ずる神は降りてこない。天を覆うは薄灰色の雲だけであった。


「……ロベリット領主軍が一の騎兵。"盾貫き"アルド・リッド」

「鉄鬼傭兵団、団長。フランシス」


 互いに譲れないのであれば、戦士の選択はただ一つ。突撃槍が握り直され、長柄斧が大きく振り回された。


 アルド・リッド対、フランシス。負けられぬ戦いが始まった。

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