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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
二章 王国首都パートマデット
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二十三話 重い行軍、第二次攻防戦前

 天空に掛かっている重い雲がのしかかっているかの様に、その数を減らした傭兵連合の足取りは重い。


 作戦が失敗した、というのは、ある。自分の友人が死した者もいるのも、大きいと言える。だが、何よりも――フランシスが死んだと思われるのが強い。


 仮にも一つの団を束ねていた長がいなくなるのは、士気的に大きく影響する。なまじフランシスは多かれ少なかれ"強い"というのが認められていたが為に、その生死の情報による士気への影響は大きかった。


 イェルサ、ジェイル、ラスベル、の三団長は努めて明るく振舞ってはいるものの、その表情には無理が見えた。彼らに重くのしかかるのは、親しい死への嫌悪感か、雨で濡れた鎧下(鎧と体の間に着る綿の入った服)か。それを知る者は誰もいない。


 そんな陰鬱な雰囲気の中、アルラは必死にその頭を巡らせる。確かに、団長の生死が分からないのは不安であるが、そればかりに囚われている訳にはいかない。アルラの考えは冷徹とも言えた。


 もう一度戦わねばならない。今度こそ、勝たなければいけない。二度目の敗北は許されない。ある意味でそれはアルラに圧し掛かっていたが、強かな少女はそれを気にもしなかった。


 一度ぶつかって、相手の利点も弱点もある程度は把握した筈だ。その点を踏まえて、一体どうすれば情報戦及び数で劣る傭兵連合が勝てるのか。アルラは決して思考を停止していない。彼女の頭に諦めははなから存在していなかった。


 ジャク、ジャク。濡れた土を踏む音が空しく響く。


 ドチャチャッ! 馬の駆ける音。振り向かれた先に、馬を駆るケンドリック。その後ろにフランシスが乗っているのも見えた。血と雨に濡れてみすぼらしくとも、それは確かに鉄鬼団団長、フランシスであった。


「フランシス団長!」

「団長」

「団長ォーッ!」


 その姿を認め、鉄鬼用兵団の面々の顔が一気に明るくなる。例え負けの戦をこなしても、頼れる団長の姿は強く士気を押し上げる。


「……鉄鬼傭兵団の諸君。聞け」


 ケンドリックの馬から下りたフランシスは体の軸が定まらないようにフラフラとしている。それでも姿勢を安定させて、体をピシリと伸ばして言う。雨を厭う様子もない。待ち望んだ声に、団員は皆直立不動の体制を取った。


 改めて全員が見つめたフランシスは、左目を閉じている。落馬の衝撃は強く、左側頭部を強打したフランシスの視力を奪うには十分であったのだ。その様子に、何名かが息を呑んだ。


「ウォルスが死んだ。……各員、黙祷せよ」


 戻って来て早々に言うことがそれか。なぜ目ではなく、訃報が真っ先にでるのか――そういった事は一切、口には出されなかった。雨の中、沈黙が響く。絶句した者、命に従って黙祷する者。様々ながら、フランシスの言葉で静寂が訪れると言う結果になる。


「顔を上げろ。……他にも死んだ者がいる。ヨック、アメラ、ジョン、ケイン――」


 死んだとされるメンバーの名前をフランシスは次々と読みあげていく。事も無げに発される死した名の数々は、しかし、フランシスの悔しさが浮き出る様に呼ばれている。


「何名も死んだ」


 ザー……。雨は少し強くなった。


「作戦は失敗した。このままで終われる奴はいるか」


 フランシスは自分の団の面々を一瞥する。全てが全てではなくとも、納得はできない。そんな表情の、否定を表す沈黙が再度響く。フランシスは、思いっきり足を振り上げ、地面に叩き付けた。硬質なブーツはこめられた力に合わせて、渾身の力で地面を抉り取ることになる。


「俺は、自分が情けない」


 吐き捨てる様にフランシスはつぶやいた。


「ウォルスの――死んだ皆の、仇討ちがしたい」


 ついて来てくれる者は? 言外にそう告げたフランシスの言葉に、俺もしたいと呟く声。ケンドリックだった。続いてノールが、「お供します」と声を発した。アルラは面倒臭い、と言わんばかりにため息を吐いたが、やらない、とは口にはしなかった。


 銅傭兵団は槍を、白薔薇団は剣を掲げて参加の意を示す。正面で陣を構えた者達は、鉄鬼傭兵団員の割合が多かったとはいえ、相応の被害もでている。仇討ちなら、彼らも望む所であったのだ。


 鉄槌団は、咆哮でもって参加表明を行う。フランシスが殿を勤めたからこそ自分たちの団長が生きていたことを知っているからだ。団長もその大恩に報いようと決意している。ならば、自分達が拒否する理由などない――彼らの意思は決まっていた。


 第二次王都防衛戦、その作戦会議前の一幕であった。




「まず、情報戦の余地なく仕留める必要がある」


 アルラが真っ先に提示したのは無理難題である。天幕が張られ各々の団員が眠りにつく中、フランシス含む八名の首脳陣が一つの天幕でひしめいていた。


 そもそも情報戦の余地がないという事は、こちらも偵察兵等を出す訳にはいかなくなる事とイコールで結びつく。と言うことは、相手の隊列、疲労具合、残りの敵兵数を一切の確認無しに戦わなければ成らない。


 しかし、もとより偵察兵などないに同じ。となれば、相手の斥候を潰し、僅かでも勝率を高める必要性があった。


「つまり、我々が求めるべき最善は――」


 フランシスがいなくても諦めずに回り続けたアルラの脳は、ここで一気にその効果を垣間見せた。かくして、二日足らずで戦術は完成した。

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