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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
二章 王国首都パートマデット
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二十話 人死に嫌いな人殺し

 王都の喧騒をそのままに、一週間が過ぎた。


 準備は粛々と進んでいく。傭兵連合は、敵方の装備や陣形、後何日で到着するのかと情報を掻き集め、その為に忙しなく動きまわった。


 敵方、それも活発的に動いている対象の情報を得るのは難しい。かなり運任せな情報となり、陣を敷きながら一体いつくるのか確認せねばならない。無論偵察兵等も出しはするものの、たいした成果は挙げられていない。


 それはひとえに、ノウハウが無かった為である。どれだけ偵察兵が優秀であったとしても、何を目標に、どれだけ入手すれば良いのかが分からなければ仕事にならない。偵察兵としての仕事に慣れていない上、ノウハウのない戦術家達では、まだ本領は発揮できそうになかった。


 とはいえ、何度も繰り返し、別口からも情報を受け取っていれば、自然と経路と進行具合位は分かるものだ。全ての情報を傭兵団の頭脳達が考慮した結果、傭兵連合接触するのは三日後、昼頃の事となるだろうとあたりをつけた。


 たった三日、されど三日。出来ることは限られていても、やらないよりはましと言うもの。馬防杭|(騎兵の突進を防ぐための木の杭。尖った方が上に来る)を打ち込み、弓矢を調達し。武器の手入れや食料の確保など、これまた忙しなく三日が過ぎる事となった。




 結局、傭兵連合が陣地を組んだのは丘側、背に川を背負う構えと相成った。


 川を跨いで敵騎兵の進みを遅くするより、馬を仕留めて数を減らした方が効果的だと判断したのだ。最初のぶつかり合いでどれだけ被害が出るか分からない以上、戦力を減らしておくに越したことはない。


 考えても分からないからと、フランシスは自らが指揮することとなる五十名を見据えた。


 今回の作戦は、陣地にいる百名と、丘の両脇に配置されたそれぞれ五十名ずつの兵による半包囲作戦である。これは、敵が恐らく密集した四十ずつの隊を左右それぞれに五つずつ、Vの字並べる事で突破力を増していると言う情報が入った為だ。


 まずは陣地の百余名でもって敵方の騎兵と、その後ろからついてくる歩兵隊を足止め。そして、本隊がぶつかり合っている間に両脇から騎兵隊である五十名ずつの隊が強襲を掛け、撹乱。あわよくば一歩兵隊程度は仕留めて戦力を削っていきたい、とアルラは述べていた。


そんなことを脳裏に思い出しつつ、フランシスは気合を入れ直す。傭兵となり、初めて百人規模――それよりも大きいが――の戦いを行うのだ。顔も知らぬ兵も多く含まれている。


 自分の立場をわきまえない者はいないだろうが、指揮官としてなめられるのは致命的である。だからこそ、フランシスは馬から降り、バルディッシュを手に声を出した。


「全員、聞こえるか! 俺は、鉄鬼傭兵団が長、フランシスだ!」


 隅から隅までを突き通す様な声に、両手斧を持った彼へと視線が集まる。一挙に集まった視線に、しかしうろたえる事もなく、フランシスは大声で続けた。


「後二刻程で敵目標が作戦地域内に到達する! であるから、改めて言っておこう! 貴君らは死ぬと!」


 ざわざわ、とフランシスの思わぬ発言に対して、やや騒がしくなる強襲隊。それを鎮めもせずに、彼は続けた。


「諸君も分かっている物と思うが、我々は強襲部隊だ!」


 ドン、とバルディッシュの石突(刃とは反対側の柄の先端)で地面を突く。大きな音が響く。


「"全て"は恐らく、生き残れない! 敵陣を切り裂く内、倒れる者達もいることだろう! この中に、死を恐れぬ者はいるか!」


 こういう場で、本来であれば指揮官は兵を勇気付け、いっそう勇敢にさせるために、我々は死なない、我々は無敵だとのたまう者だ。だが、フランシスはそれに真っ向から対して見せた。


 フランシスは戦争にしか生きれず、戦争が大嫌いな男である。故に、己のやり方で彼は戦いに立ち向かっていた。


 俺は恐れないと、何人かの若者が声を上げる。その中には鉄鬼傭兵団の指揮格の一人ケンドリックも含まれている。老練であればあるほど、声を上げるものは少なく、黙ってフランシスを見つめていた。


「そうか、勇敢だな。俺は怖い」


 ふっと目を閉じて、フランシスは静かにいった。恐れや震えを奥底に沈めた深い声で。一瞬、若者達に沈黙が走った。


「死がどんなものか、俺には分からない」


 「"無知(知らない物)"とは有史より変わらない絶対の恐怖である」とは、とある戦略家の放った言葉であるが。フランシスはそれが――無知が怖い人間の一人である。


 地獄(ラ・ヴァルデ)に死んだ戦友がいるのかもしれない。遥か地の底、永劫に輪廻する輪で、フランシスが来るのを待っているのかもしれない。


 だが、フランシスは怖くてたまらないのだ。もしかしたら、死の間際、戦友がなぜ自分たちを先に逝かせたのかと地面に引きずり込むのかと。自分が死ぬ瞬間、全て消えてしまうのかと。


「だから――死ぬな」


 だから、フランシスはその価値観を押し付ける。自分の独りよがりだと知っていても。


「できるだけ、生き延びてくれ。逃げてもいい。俺は、生き残った諸君らの武勇伝が聞きたいんだ」




 フランシス反対側――鋼槌団長ラスベルのそれとは違う、静かな演説だった。故に、と言うべきか。フランシス側の強襲隊には、静かな闘志が満ちていた。

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