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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
二章 王国首都パートマデット
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十九話 戦術家の"台所"

「ではこれより、ロベリット領主による王都襲撃阻止作戦会議を開始する」


 このままでは喧嘩で話し合いが終わると察したフランシスは、机を軽く叩いて注目を集め、足早に会議を始める事にした。


「今回の仕事で重要なのは、王都の防衛。と、後はもう一つ」


 ピン、と指を立ててフランシスは言う。王国の首都を防衛するのが第一目標であるが、それはこの際おいておく。第二目標が、本作戦のキモになる、とフランシスはそのまま続けた。


「第二目標は、"王都住民にロベリット領主による襲撃を認知させない"、だ。相違ないか?」


 ジェイルはうんうん、と頷く。が、ラスベルは不思議そうな顔で呟いた。


「何でそんなまわりくどいことしなきゃならねえ?」


 そんな甚だ疑問そうな声に、その他全員から嘆息が漏れた。フランシスはそんなラスベルに対し、懇々と説明する。いわく、この作戦は気付かれてはいけない、隠密作戦でもあるのだと。


 そもそも依頼されたのはロベリット領主との交戦、それによる時間稼ぎである。この時間稼ぎは、侵略行為が公にならない内に、一連の行為が一領主の独断行為である事を記す旨を教国が書き終えるまで持たせるための物だ。


 故に、この侵略行為と、フランシス達との交戦が王国民、及び行商人等に一切目撃されてはならない。いくら緘口令を布こうとも、人の口に戸は立てられないのが道理。となれば、その噂が帝国の耳に入り、王国と教国間で戦争の気配がするとなれば、教国も帝国に睨みを聞かされる事になるだろう。


 となればベストは、やはり一切の目撃を廃す事。あくまでも語られぬ、歴史の裏としてしかるべきである。というのが、大半の意見である。ラスベルもなんとなくは納得したのか、椅子に座り直した。


「それじゃあ、実際の作戦内容から詰めていくぞ。前提として、王都の防衛機構は須らく使えん」


 落胆を出すこともなく、フランシスは言い切る。防衛戦において壁がない、もしくは使えないのはあまりにも致命的だ。


 籠城もできず、またこの場合は撤退する場所としても使用不可能。壁と言う名の断崖を背負っているに等しい。それはこの場の全員が承知する事である。むしろ、ラスベルを除いた全員がそれは端からわかっていた。


「ロベリット領主軍の現在位置と方向は――」


 彼はバッと地図を広げた。


挿絵(By みてみん)


 王都周辺をあらわしているであろうそれは、左下のほうに王都が描かれ、その上の川、そして川にかかる橋と、その先の丘が地図の上にはあった。


「北から襲撃する、という話だ」


 フランシスが指差したのは橋よりやや北側。そこには汚くミミズがのたくったような線で、矢印が描かれている。急いだとはいえ、雑すぎた。と、フランシスが反省しているうちに、戦術家は頭を突き合わせてどの配置が最適か考えている。


 そこに首を突っこむのは団長の仕事ではない。全員はそれを承知していて、一瞬で手持ち無沙汰となる。とはいっても、戦術家側からそれとなく確認は取られる。護衛は幾ら程いればよいかや、部隊の得意不得意はあるかなど。


 たとえば、フランシス率いる鉄鬼傭兵団は、団長であるフランシスを尊敬(リスペクト)してか、斧を使う場合が多い。古くはナ・エルドと言われる民族から伝わる武器であるが、そのもっともたる恩恵は上からの振り下ろしになる。


 この場合、互いが最前線で押し合いになる、対歩兵にすぐれている。前面に(シールドウォール)を展開さえしてしまえば、槍ではつけず、剣による袈裟懸けや横薙ぎは回りの兵に引っかかってしまうが、斧は違う。


 斧は上からの重心が先端に遠い分振り下ろしに適しており、盾を構えながらでも問題なく武器を振れる上、振り上げる関係上仲間に引っ掛かってしまったりすることはない。遠慮なくたたきつける事ができるのだ。対歩兵、真正面からの押し合いであれば、鉄鬼傭兵団が負ける事はほぼないと言っていい。


 しかし、そんな些細な差をお互いに知らない戦術家達は、一々確認を取るほかないのであった。


「……そういえば、だが。ラスベルの参謀は? 見当たらないが」


 フランシスが不意に口を開く。今話しあっているのは鉄鬼傭兵団戦術家のアルラ、銅傭兵団戦術家の青年、白薔薇団戦術家の女、三人のみだ。


 ともすれば、ラスベルが本作戦の積極的参加をしていないという事になりかねなかったが。


「俺です」


 ヒョコッ、と手を上げた男がフランシスの視界の端に入る。軟派そうな男は、そこまで精悍な顔付というわけではない。だが、切れ長の目は威圧感を放っているし、只者ではない雰囲気を醸し出している。


「バリアスです。覚えなくていいです。……それで。俺は参謀であるけど、戦術家じゃないんです」


 フランシスは目を丸くする。鋼槌団は、戦術家無しでやってきたのか? と、驚きを隠せなかった。


「どっちかっつうと、突っ走るラスベルさんの後に続く臨時指揮官でしかないんで」


 無気力にそう言い放った男に、確かに覇気は見えなかった。


 そんな事は知らずに、三人の戦術家が作戦を練る。彼らが練るのは、平和への(きざはし)か、それとも。フランシスはそんな事を考え、嘆息した。不安の影は消えず、フランシスの上の重くのしかかっている。

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