十六話 四人の傭兵と王都騒乱
フランシスが王都へ到着してから三週間が経つ。謎の重装偵察兵と、それを隊長とした一団に"観察"された日より一週間が流れた事となる。
順調に稼ぎを上げるフランシス達であったが、偵察兵の疑念はついて回り、指揮系統を担う二人は全力で頭を悩ませる事となる。
あの偵察兵の目的は何だったのか。そして、どこに所属しているのか。それすらも分らない、行き詰った状態だ。何処で調べようが、紋章が無ければ手がかりにならない。いくら重装偵察兵が希少とは言え、手駒とする貴族はまだ何名もいる。
結局悶々とした物を抱えながら、治安維持活動――盗賊や山賊の討伐に勤しむ日をすごしていた日。
突然、パートマデット王国首都で傭兵が招集される事となる。
「この度、時間を割いてこの場に出席してくれた事に感謝する」
一箇所に集められた傭兵達の顔が強張る。机に向かい、思い思いの姿勢で座っている彼らは、王都に在住していた傭兵達である。フランシス含め、約四つの傭兵団の顔ぶれが揃っている。
この場を取り仕切っているのは、大臣の一人だ。相当な一大事である事は簡単に予想できた。フランシスは顔を顰め、周りをチラリと一瞥する。傷だらけの顔をした巨漢、スラリとした長身の優男、そしていかつい筋肉の鎧を纏った女。
それぞれ、この辺で活動している傭兵団であり、名うての者達だ。戦いに関してはこの四人でできない事などほぼ無いと見ていい。であれば、この戦力が必要だ、と言う事になり、ますますフランシスの不安は加速した。
「集まってもらったのは他でもない。君達四つの傭兵団、合同で受け持ってもらいたい仕事があるからだ」
そらきた、と言わんばかりに優男が大きく息を吐いた。興味深げに巨漢が手を組み、不満気に女が腕を前で組んだ。
「仕事はいちゃもんつけやしないけどね。こんな貧弱な野郎共いなくたってあたしらで何とかなるさ」
自信半分、不満半分。そんな声で嘯く女に、巨漢がおい、と声を発した。
「お前如きいなくても、うちで充分だぞ」
なんだって? と女が叫ぶ。こうなったら暫く続く事を知っている優男が馬鹿だよねぇ、とつぶやいた。常日頃から、これに付き合わされているようであった。
「はー、嫌だ嫌だ。これだから筋肉馬鹿共は」
その言葉が、"筋肉馬鹿共"に油を注ぐ事になる。もっと轟々とし始めた場で、大臣が右往左往している。仕事のつもりで持ちかけたら、場が完全に喧嘩の空気であるのだから、ある意味ではしかたないと言えた。見かねたフランシスが、おい、と投げ掛けても気にも留めず、二人は言い争いを続ける。
「あんた、いい加減にしなよ! 自分の方が倒した数が多いからって、上にいられたらたまんないよ!」
「お前みたいな女が上にいると全員目障りに思うからここにいてやってるんだよ!」
「いい加減にしないかッ!」
掴み合いなるか、という瞬間。フランシスの喉から空を裂く一喝が飛んだ。大きく息を吸ってから吐かれたそれは、鼓膜を棍棒で叩く様な叫びだ。ピタリ、と言い争っていた二人が止まり、フランシスを向いた。
フランシスは、やってしまった、という認識を無理やり上書きして厳格な顔を貼り付けた。彼の耳にはふうん、と優男が呟くのが耳に酷く響いていた。
「ガキの喧嘩がやりたいなら外でやれ。仕事の場だぞ」
二人はお互いの顔を見やってから、同じタイミングで舌打ちをして椅子に座り直した。優男は姿勢を入れ替え、話を聞く姿勢に入った。フランシスは動揺を隠したまま、何処の専門かしらないが、大臣の方に向いた。
そして、咳払いをしてから、話を、と続ける。一瞬困惑したような大臣だったが、すぐに気を取り戻して助かる、と呟いた。
「私は治安・防衛部門の大臣、エル・B・アルシェン。先程もいったが、合同で仕事をしてほしい」
大臣――エルは祈るように言葉を口にした。
「仕事と言うのは、信じられん事だが……我が国に対し、侵略行為を行うと宣言したロベリット領主に対する対処をお願いしたい」
驚きが一瞬、四人に走る。
現在、一時的とは言え、国際条約で禁止されている侵略行為を、こうも大々的に行うのは狂人の所業だ。自分の国から切り離され、他国から袋叩きにされて終わるだけ。それが当たり前であるから、である。
だが、事実こうしている以上、言い逃れはできない。
「国軍は?」
フランシスがまず、口に出した。パートマデットには、国軍扱いの三千の兵がいた筈、とフランシスは記憶していた。ロベリット領主の兵力がどの位のものなのか、彼には検討が突かない。だが、一国家の首都の兵力よりは低いだろうと考えたのだ。
だが、返答は芳しくない。
「先頃、軍縮を行い始めたばかりだ。三千の兵も、千程になっている」
そして、軍縮を初めてしまった以上、大きく戻す訳にもいかず、このまま小さくし続けるしかない、と。悔しげに、大臣は呟いた。
曰く、軍縮を各国が初めている今、公にされていない敵――ロベリット領主への対処に軍縮を止めると、帝国に睨まれてしまう。そうされてしまえば、蛇の前の蛙も同じ。王国には手立てがなかったのだ。
はぁ、とフランシスは溜め息を吐いた。




