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ウォーアクス戦記  作者: 秋月
二章 王国首都パートマデット
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十一話 未だ港町の夕焼け男

「如何にかして、もう少しまけられないのか」

「これ以上はビタ一ヴェリルもまけられないね。かかぁに首ねじ切られちまう」


 店頭で言い争っている、と言うにはお互いに静かな男二人。そこは鍛冶屋である。包丁の研磨・修理から、突撃槍(ランス)の細かな装飾に至るまでを一手に手がける商人達であるが、今日はあまり客足がない。


 朝から数えても、店主と値引き交渉を行っているこの男の他、主婦が二名程しかきていない。とはいえ、戦いの少なくなりはじめた世の中であるから、それもしかたないとは言えるが。


 値が引けないかとしつこく聞く男は、黒髪碧眼の戦士だ。装備している斧と盾よりも、張り巡らされた筋肉が、その強さを主張している。誰かと言えば、傭兵フランシスである。自分の武器を買いに来たのだが、思ったよりも交渉に手間取っているらしかった。


 二週間前、早風団と戦う折に傭兵団へ徴兵した十二名の内、命を拾えたのは八名。あの戦いで出た犠牲者は十三名であったから、その内傭兵団からは四人が命を落とした事になる。


 しかし、そうして経験を積んだもの達を従え、武器も早風団の物を使ったり、その武器を売ったりした分と、商人の報酬から出た金で買い揃えた装備。そして、新たに徴兵した三名を加え、より、一段と傭兵団は強くなった。しかしそれとは反対に、フランシスだけが武器を更新できていなかったのだ。


 この日、フランシスが交渉して買おうとしているのはバルディッシュ――両手で持つ、長柄の斧である。やはり慣れ親しんだ武器が斧である以上、騎乗するにしても斧を使うと言う考えは変えられなかった。


「……わかった。百七十五ヴェリルで買わせてもらおう」


 ふう、と溜め息一つ。文句をいいたそうな鍛冶屋を無視して、フランシスはヴェリル硬貨の詰まった袋をテーブルに置いた。ジャラ、と重量感のある音がなる。鍛冶屋の男は文句を押し殺し、その硬貨を一枚一枚確認していく。


「百七十五ぴったりだ。まいどあり」


 鍛冶屋そういって、バルデッシュを額から外し、フランシスへ手渡した。手の中でそれを軽く弄ってから、肩掛けの吊紐にしっかりと括った。非常に良質、と言って良いだろいう。過度な装飾は一切ない、フランシス好みの質実剛健さであった。


「メンテナンスは他の所でも出来るだろうが、うちでやっといたほうが良くできるぞ」

「そうか。……だが、暫くはパートマデットには寄れないから、無理だな」


 ちょっとした商売文句を、しかしバッサリと切り捨てたフランシス。未だポート・パティマスにいる彼らは、しかし早風団以来、戦ってはいなかった。


 何故ならそれは、活動資金の問題だ。いくら強くなったとはいえ、武器なしではどうにもならないのが人の身と言う物。徒手空拳で戦う猛者もいるが、それは極一部だ。


 となれば手に持つ武器が必要となり、それを修理する人も必要になり、そしてその人へ払う金が必要なのも道理と言う物。さらにここに、食費や駐屯する為の天幕、馬の餌代、果ては団員への給金も払わねばならない。今は何とか納得してもらっているが、それでも資金に限界があるのは確かだ。


 幸いにして、ポート・パティマスの栄え様は変わる事も無く、平穏無事。ならば仕事口も少しはあると言う物。日雇いの仕事だけは事欠かず、食い扶持稼ぎには充分である。フランシス含め、傭兵団員に自由期間と証してそういった仕事をしてもらっていた。


 その一割をもらって傭兵団共有の資金とし、溜まるまでの時を待っている、という訳だ。故に、二週間留まって働き、ようやく溜まったこの時期に、ポート・パティマスにいる理由は殆どないと言っても過言ではないだろう。


 渋い顔をした鍛冶屋だったが、所詮客とは一期一会。そうかい、といって済ませば話は終わりだ。フランシスもそれを察知して、そそくさと武器屋を出ることになる。幸にして長柄斧が何とか通せる扉の大きさであった。


 フランシスは静かに、自分の運に感謝する。バルディッシュは使い手が少なく、置いてあるかも微妙な武器であったからだ。何せ、処刑斧であるからだ。民衆のバルディッシュに対する印象は、頭陀袋を被った大男――処刑人が、青い顔をした罪人の首に振り下ろす武器。それに他ならない。


 そのイメージもあり、バルディッシュは比較的安価で売られている。とはいっても、武器でありフランシス個人の懐から捻出しているので、結構手痛い出費ではあったのだが。


 兎も角、自分の武器も揃え、傭兵団共有資金も十分。フランシスとしてはとりあえずの準備は完了したと言っていい。予定よりも少し早く準備が済んだ為、旅食の準備はまだ済んでいない。


「……ふむ」


 少し時間が空きそうだ。フランシスはざっくりとした考えからその答えをはじき出した。旅館に向かって歩き出せば、同時に夕焼けも降り始めたようだった。静かな夕焼けは、彼を穏やかにする事はできた。


「参謀を――戦術家を、必要とはしていないか?」


 いかにもお忍びの令嬢のような、凛とした「自称戦術家」が、傭兵団の仮宿へ来るまでは、という枕詞がつくが。フランシスは良くわからない状況に溜め息を吐いた。

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