九話 早風を切り裂く斧は誇り高く
曲刀による死花の猛攻を避けるのは容易い物ではない。事実、フランシスでなければ一合交わさぬ内に首が飛んでいた事は明白だ。
だが、フランシスは負ける訳にはいかない、と気合を入れなおす。飛んで来た刃を盾で受け止め、そのまま思いきり弾き飛ばす。盾弾きだ。攻撃を弾く事で相手の体勢を崩し、大きな隙を生ませるための技術だ。
フランシスは、戦場でこれを学び、これで生き残った事もある、それなりに自信のある技だ。タイミングがシビアで、使い手も少なく、切り札としては充分。事実、メルディゴの懐へフランシスが潜り込むまでの充分な隙を作る事に成功した。
潜り込まれたメルディゴは、自分の失敗を知り、かつそれを補う為にすぐさま持ち手で殴り掛かった。だが、禄に狙いもつけない攻撃に当るようなフランシスではない。ひょいっ、と首を傾げてそれをよけたフランシスは、お返しと言わんばかりに反撃を開始した。
銀閃の代わりに、鋼の斧が振るわれる。歴戦の斧は傷だらけでも、自らの主を裏切ろうとはしない。その確実な一閃を信用している主がいるからこそ、その斧は戦いを認める。
豪断をともなった斧が振るわれ、今度はそれをメルディゴが受ける番である。しかし、両手で防いでいる筈の攻撃は遥かに重く深く、刃で受けとめて尚手首へのダメージは看過できぬものだった。
不意に斧の刃が止まり、その代わりに素早い蹴りがメルディゴの股座を狙う。咄嗟に足を曲げてガードする物の、避けきれなかった痛みは言うまでもなく激痛である。しかし歯を強く噛み締め、メルディゴはその痛みに耐え、咆哮としてそれを吐き出す。
再び始まる打ち合い。だが、僅かにメルディゴの剣戟が鈍い。蹴りによる深い痛みがずるずると尾を引いて、それが銀閃の冴えを無くしている。逆にその分だけ、フランシスに余裕ができたと言うこと。乱打は徐々に、フランシス有利へと傾いて行く。
フランシスの斧の振りは実直その物だ。一閃ずつが読みやすいといえば何てことは無さそうだが、そうではない。基本を突き詰めた様な振りだ。故にその一振り一振りが重く深く、そして力強い。"読めても受けられぬ一振り"が、フランシスの特技である。
的確に、正確に、ダメージを積み重ねる。一撃一撃が致死の威力を持つのは、フランシスも変わらないのだ。
不意に、メルディゴがまた踏み込んだ。今度は突き飛ばすためではない。今度こそ、フランシスの首を刈るためだ。腰を捻り、渾身の一突きが飛ぶ。一瞬消えた様に見えたフランシスの頭と、倒れかけたような体をみて、メルディゴは錯覚的に「やった」と感じた。
だが、その直後刃を下から弾く額に愕然とする事になる。フランシスは、咄嗟に頭を後ろに思いっきり倒して避けていたのだ。その拍子に若干体勢が崩れ、メルディゴはそれを「倒した」と勘違いした。
そして、その驚いた隙を、逃がすようなフランシスではない。振り上げた柄で、まず頭頂部をおもいっきり叩き付けて頭を強制的に下げさせる。
返す刀で、斧の刃の裏側で顎を叩き上げる。休ませる気もないフランシスの猛攻に、たまらず曲刀を手放したメルディゴ。だが、彼は決して容赦しない。斧を大きく振り上げ、踏み込むと同時に全力で切り込む。
側頭部にむけてやや袈裟掛けに放たれた斧が、バキリと鈍い音を立ててめり込んだ。
白目を向いて倒れていくメルディゴに、減り込んだ斧ごと体が持っていかれそうになり、フランシスは思わず手を放した。支えさえ失えば、メルディゴに立ち上がる気力はない。自由落下に任せて、その男は崩れ落ちていく。
一瞬、戦場が静止する。ソレとは対照的に、フランシスがハァッ、と堪えていた息を思い切り吐き出した。
何とか、勝てたか。そう思い安堵した次の瞬間、ぞわりと背中を走る何か。反射的に空中に身を投げ出したフランシスは、自分の頭上を何かが通り抜けるのを感じた。転がって着地し、振り返れば。空を裂いた曲刀が木の幹に突き刺さっていて。そして、顔面を紅く血まみれにしたメルディゴが何かを投げた体制のままとまっていた。
メルディゴが、最後の力を振り絞って投げたのだろうそれを尻目に、再び立ち上がった男を――二度と起き上がらないように、叩き伏せた。
「か、く、カカカ」
尚死なない男の頭に突き刺さった斧へ手を伸ばす。倒れ付す男は、もう手を伸ばす気力さえないようだ。だが、鮮血が入り込み、真っ赤に染まったその目を見開き、メルディゴは笑った。
「地獄、で、会おう、ぜ」
「……お断り、だッ!」
全力を込められた斧が、魂と共に体から引き抜かれた。粘ついた血が尾を引き、そして――終わった。
もうこの戦争狂が立ち上がることは、二度とない。溢れ出た返り血を浴びて、フランシスの体の何処かが疼くように震えた。
「――――」
喉の奥が震え出す。心の奥底で、叫べ、と何かが囁いた。
「オオ、オオオオォォアアア――ッ!」
絶叫と同時、高く掲げられるのは、血に塗れた斧だ。それを笑う者は、誰一人いない。何故なら、それは。彼の誇り高き斧だからだ。
「大将首、討ち取ったりィィッ!」
遥か戦場を割るような声は、しかし未だ終わらぬ戦場を鼓舞する叫びであった




