追手の撃退
順当に距離を稼ぎ、街の手前での最後の野営準備が整った。
それまでに失った時間を取り戻すかのように驀進したのもあって、後続の追手は私たちが疲労のピークに達していると思っているはずだ。ましてや休憩時間までも削っていたのだから、勝機とみている事だろう。
「皆さん、体調は如何ですか」
「ユーミ殿のお陰で、万全に近い状態を維持できている。これならば追手の十や二十は返り討ちにしてやれそうだ」
「お嬢様方におかれましては、今晩は此方の馬車にてお休みください。馬車の強度はアセルラのギルド長からもお墨付きを頂いております故、騎士様方も安心して対応いただけるでしょう。もちろんアリスが護衛に入りますし、負傷等の際は回復も順次させていただきます。申し訳ありませんが、私は暫しこの場を離れさせていただきます。弓を使うには不利な場所ですので、先行して街側からの増援に備えます」
「了解した。くれぐれも無理はなさるなよ」
「はい」
野営準備中の警戒でも追手に増援があった感じはない。ならば街側から来るとみて間違いは無いだろうと、ベルントさんと意見が一致した。アリスも私も夜はしっかり休んでいるので、思いのほか疲労の蓄積は無く、一晩くらい徹夜しようが戦闘になろうが問題は無いだろう。森の中とは言え、野営地も比較的見通しの良い広場になっているので、剣や槍での激しい斬りあいを妨げるものは無い。
自称弓使いとしては先行して森を抜け、見渡しの良い場所で迎え撃つのがふさわしい役目だと単独行動を納得させていた。人目さえなければやり様はいくらでもあるのだ。
薄焼きのパンを焼いて炙った肉と野菜を挟み、スープと一緒に皆で焚火を囲んで夕食を頂く。簡素なものの相変わらず皆の受けは良く、朗らかな食事の時間を楽しむことが出来た。欲を言えばワインでも開けたい気分だけれど、戦闘を控えた今はさすがに言い出せる雰囲気ではない。戦闘が終わって無事だったら、一杯だけ飲んで寝ることにしよう。
食後には眠気覚ましの効果があるお茶を飲み、最後の打ち合わせを行う。
「気配から見て、追手は20に満たない数のままです」
「それならば我ら3人で何とか対処できよう。お嬢様方は予定通りそちらの馬車で良いのだな」
「はい、アリスが護衛に着きます。彼女は近接戦もできますし、得物は三日月斧ですので近付けさせはしません」
「ならば手筈通り、ユーミ殿は先行してもらって構わないだろう」
「そうさせて頂きます。数にもよりますが、おそらくそう時間はかからないで始末できるでしょう。もっとも、接近しませんから敵かの確認は取れませんけれど」
「かまわない。責任の全ては私にあり、もしもの際は進退を掛けて責任を取る故、ユーミ殿が心煩わせる必要など無いのだ。遠慮などせず事に当たってほしい」
「ご安心ください。一人たりともこの森に入れませんので」
そうして戦闘準備を整え、各個が行動を開始した。
満月に近い月明かりで程よく視界が確保される中、徒歩で先行すること一刻余りで森の端までやって来た。
索敵をすれば街道を少し外れた場所を、こちらに向けてやって来る一団を捉えることが出来た。月明かりが照らすとは言え、夜間に馬を駆って街道以外を移動するのは間違いなく悪い事を考えている者達だと決めつけ、先制攻撃を開始する準備に入る。
距離にして2kmほどに迫った集団に、まずは瀑布を付与した矢を矢継ぎ早に3射放つ。この矢は目標上空で魔法陣を即時展開し、滝壺に落ちるように大量の水を降り注がせるので狙いすます必要はない。一瞬にして視界を奪うとともに、地面をぬかるませて馬の行き足を鈍らせるのに効果的だ。いく人かはその水量に落馬したようで、潰されないように慌てて馬から距離を取っている。
思惑通りに速度の落ちた集団に対して個別に矢を射て行けば、面白いように防具すらも貫通して転げていく。高倍率の暗視照準付きの化合弓を久しぶりに思う存分堪能しつつ、30は居た集団をほぼ壊滅状態に追いやるのに10分も必要としないで達成した。頭や胸を射抜いているので助かった者は居ないだろう。気配探知に引っかからないことを確認して踵を返すと、矢を拾うのは諦めて野営地に向けて全速力で駆け戻った。
「片付いたよう、ですね」
「えぇ、ユーミ殿。そちらも?」
「はい。ですので、この後はアリスと共に寝かさせていただきます」
「ご助力有難うございました。明日もう一走りありますが、今日はもうゆっくりと休んでください」
駆けたとはいえ半刻以上はゆうに掛かってしまい、野営地に戻った時には死体の片づけまで終わっていた。彼方の馬車は扉が外れる程にダメージを受けていたけれど、私の馬車は防水布が切り裂かれている程度でいたって軽微な被害のようだ。アリスはお嬢様方とテーブルを囲んで寛いでいて、騎士様たちは三方に別れて警備に余念がない。ルイサさんに報告と断りを入れ、アリス達のところに歩み寄った。
お嬢様もフランカさんも見た限り落ち着いているようだった。「襲撃など慣れたものだ」と豪語していたのは本当の事だったのかもしれない。
「こちらも片付きました。街道を外れていましたから後始末は行っていませんが、問題があるようでしたら明日到着する街ででも訴え出てください。私たちはこの後、一杯だけお酒を頂いて就寝します」
「ご苦労様でした。それでしたら私達も就寝いたしましょう」
「そちらの馬車は破損が酷い様ですので、こちらの馬車でお休みください。私たちは御者台などで寝ますので」
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
寝酒なので秘蔵の蜂蜜酒を水で割って4人で飲んで、それぞれ別れて就寝した。明日はアリスと交代しながら馬車を進めればいいので気も楽だし、宿が取れたら2日ほどゆっくりと休ませてもらおうと思う。




