追手の正体
街から出て少しダンジョン寄りの草原で幌馬車を出してお茶の用意をする。こちらでは薬湯として用いられているハーブティーで、滋養強壮の効果があるのだそうだが、少し薄めの烏龍茶のような味でお気に入りのお茶だ。
見通しの良い草原なので、追跡者たちはおのずと姿を晒す事になる。そうなれば対峙するために近づいてくるしかないであろう。
「5、6人ですか?」
「そう、6人だね。包囲するでなく正面からってのが解せないけれど、もう少し相手の出方を見てみようか」
見る限り武器を携えてはいるけれども、抜いている様子は無い。丸腰で街から出てくるなんてのは命知らずのする事で、武器の有無はなんら判断材料にはならない。多少の間隔は開けているものの、15mくらいの間合いさえあれば麻痺魔法を付与した矢の1本で抑え込めるだろう。
牽制の意味合いもかねて、アリスには三日月斧を構えさせているし、私も引きはしないけれど短弓に矢を番えている。
「止まりなさい。私たちに何の用ですか?」
「しばらく前に仲間が酒場で問うた答えを聞きに。それと耳寄りな情報をひとつ、かな」
「私はあちらに戻るつもりは無いです。天涯孤独の身だったけれど、こちらでは多くの友人が出来たので構わないで欲しいですが」
「分かった、戻す件は今後問う事はしない様にしよう。そこで情報をひとつ。アセルラから出奔したユーミなる冒険者の死体が、王都の貴族屋敷で発見されたそうだ。その屋敷の主は有名な武器商人の後ろ盾だったらしく、攫って武器開発をさせようとしたものの隙を突かれて自害されてしまった。その様な話が出ていた」
「どなたの差し金で?」
「我々でないことは確かだ」
どうやら聖王国側ではなく魔族側の使者だったようだ。招かれざる客であることには変わりはないけれど、話を聞くくらいはしてあげるべきだろう。
で、話の内容自体は喜んでいいのか判断に困る。宰相閣下や冒険者ギルドが暗躍したとは思いたくはない。死体が出たとはそう言うことなのだろう。いくつか思いつくものもあるのだけれど、どれも憶測の域を出ないので事実だけを捉えておくことにしよう。
「まだアセルラに残っている勇者達へのアプローチは続けているつもり?」
「さすがに軍施設内は無理なのでね。冒険者としての活動もしているようだが、それすら軍部の監視下なのだから接触は困難だ。こうなっては戦場に立った時、すでに送り返した者たちと同じように誠意をもって対応に当たるしかないだろう」
「そう」
「では我らはこれで去るが、心変わりしたなら遠慮なく頼ってくれ」
追跡者たちはそう言いおくと、振り返ることも無く街へと戻っていった。
死体が出たと言うことで追手が無くなるかと言えば、正直なところ半半かなと思っている。軍がこちらを油断させる意味も含めて、トカゲの尻尾切をしたとも言えなくもない以上は、これまで同様に注意する必要があるのだろうと思う。
目立つので幌馬車は空間収納に戻してしまう。馬が居たのならば暇つぶしに走らせても良かったのだけれど、馬無しの馬車ではそうもいかない。
「明日からしばらくは迷宮に潜っていようか。中層を攻略していればほとぼりも覚めるだろうし」
「ですね。街に戻って食料品の買い増しをしておきましょうか」
「今のままでも大丈夫そうだけどね。空間収納内の時間が止められるのなら有るだけ買い占めても良いんだろうけど、止めたら止めたで錬金術の方が滞っちゃうんだよね」
「冷蔵と冷凍でしたっけ? 容量拡張鞄の方だけでも保存期間を長く出来るようになったのですから、それで良いじゃないですか。普通の冒険者なんかはカチカチのパンに乾燥野菜のスープくらいしか食べられないんですからね」
時間を止めることが出来ないので、大きめの木箱に容量拡張と氷化や冷化を付与し、冷蔵庫モドキを作って空間収納に入れて持ち歩いている。
さすがに氷菓子なんかは無理だけれど、格段に肉や野菜が日持ちするようになった。そのうち電子レンジチックな物も作ってみたいのだけれど、電磁波を出す仕組みが解っていないので難しいかな。
オーブンを作ったこともあるのだけれど、木製の試作品は付与した加熱を発動したとたんに炭になってしまったし、金属製の物は冷めるまで戸が開けられなくって料理も冷めてしまった。なんだかんだで木炭を使うのが一番効率も良い。一般的には枝を拾ってくるものだけれど、街では炭が使われているので流通しているし、空間収納に入れてしまえば嵩張ることも無い。煙も出にくいしね。




