半分でも驚愕される
冒険者ギルドのマスターであるモンスーン子爵邸に馬車で乗り付ければ、ヘイルさんの顔パスが効くのかスムーズに通された。そのまま車止めに入れば執事服の男性が立っていて、若い男の方が馬車の移動を引き受けてくれた。
「本日のご用向きは主人より聞いてございます。ご案内いたしますので、そのままお入りください」
私の格好は森に入るために装備一式を着けたままだし、ヘイルさんはギルドの制服(?)なのだろう白のワイシャツに吊りズボンとゴツイ革靴で、革のエプロンさえ着ければ即解体作業に入れるものだ。貴族の屋敷を訪れる格好ではけっして無いと思う。
こういった場合、小説なんかだったら予備のドレスなんかに着替えさせられるみたいな展開があるのだけれど、どうやらそんな手間はかけなくても良いようだ。
通された部屋は20畳くらいだろうか、大きめの暖炉があって落ち着いた雰囲気を感じる。大きめのローテーブルの左右に3人掛けソファーが、上座に1人用のソファーが鎮座している。3人掛けソファーのひとつには年配の男性と若い女性が座っていて、男性が黙ってソファーを勧めてくる。
「失礼します」
一応挨拶をして下座に当たる左に座れば、ヘイルさんは右側に座って頭を下げる。
「頭など下げるな、ヘイル。遅かれ早かれ、このような状況にはなったのだからな」
「いえ。不合理な制約をユーミに掛けてしまいました。恐らくは今後も干渉されるでしょう」
「ふむ。ユーミとは初めて会うな、モンスーンだ。子爵位を賜る傍ら、王都冒険者ギルドのマスターを拝命しておる。横に居るのはキャサリンと言って、私の秘書を務めている」
「キャサリンです。初めまして」
「よろしくお願いします。ユーミ、と名乗っている者です」
この後で正体をバラす腹積もりなので、偽名での自己紹介は憚られた。変な挨拶になってしまったのは勘弁していただきたい。
出された紅茶を遠慮なく1口飲んで、出されていた焼き菓子を口に運ぶ。ヘイルさんは恐縮しているようで一切に口は付けていないのだけれど、飲まず食わずで矢面に立たされていたのだから口をつけても良いだろう。こんな事で目くじら立てる人とは到底見えないし、そこまでの狭量がマスターなどには就けないだろう。
「おかしな挨拶であったが、自己紹介には何か必要なものがあるのか?」
「はい。ステータスを映し出す水晶を用意いただけないでしょうか」
「では、すぐに用意させよう」
扉の所に控えていた使用人がその言葉を聞いて廊下に出て行き、すぐに水晶を抱えて戻ってきた。水晶をテーブルに置くと、その使用人は部屋から出て行ってしまって、4人だけが残された。
「おそらく察していると思いますが、私は渡り人と言われる者です。今王宮に留められている勇者一行と同じタイミングでやって来ましたが、幸運に恵まれて別の場所に落ちたのです。それを証明するのに水晶をお借りします」
水晶に手を翳せば、素に近いステータスが表示される。もっとも、本人が見て取れるレベルや得た経験値は流石に映し出されることは無かった。あれは渡り人特有の認識が見せるものなのだろう。
《仙波真由美》(仮名:ユーミ)
【種 族】 人族(渡り人)
【ジョブ】 狙撃名手
【ギフト】 能力隠遁
【スキル】 真贋、収納、貫通、遠見、速射、必中、経穴、俊足、強弓
【魔特性】 火・無
切り札になるであろう錬金術師と、その関連するギフトやスキルは隠してあるが、それでも3人が息をのむのが分かった。
そして、他の2人と違った意味で息をのんだであろうヘイルさんが、脱力して背もたれに崩れ落ちながら呟く。
「良かった。制約が成されていなかった。縛るようなことにならなくて本当に、良かった」
あの場を辞するためとは言え、ずいぶんと酷なことをさせてしまったようだ。少しばかり認識の違いを反省する必要があるだろう。
「昼間使った弓は元の世界では競技用の物です。持ち込んだ勇者のオリジナルはもっと部品が付いていたのではないかと思いますが、こちらではスキルで代用できる部分があるので、ある程度部品を省いたとしても機能します。逆に言えば、スキルが無いと性能を発揮しきれないでしょうし、全ての部品をこちらで作ることも技術的に難しいでしょう」
「では、あなた専用の武器と言っても過言ではないと?」
「そうだと思います。もっとも、最近はもっとシンプルなものを使っていますよ。あれでは飛びすぎますし、森の中では引っかかって振り回せませんから」
空間収納から最新の超遠距離用と遠・中距離用の弓を取り出し、テーブルに並べて見比べてもらう。
「こちらの弓は随分とシンプルですし、一般的な弓と同じように見えますが」
「こちらに来て最初に使った、狩猟用として売られていた物とほぼ同じです。違いは材質と構造、主に中央の窪みの有無ですか。硬い材質を使っているので、矢の通り道を真直ぐにすることが出来ています。スキルの影響だと思うのですが、魔力を少し流すことで適度に矢を保持してくれますので」
「保持、とは?」
「思い描いた飛距離や風の向きなどを意識すれば、指を添えなくても上下左右に矢の通り道を調整してくれるのです。それもあって、速射や遠距離であっても当てることが出来ていると思います」
こちらの弓にも複合弓と言って、色々な素材を組み合わせた弓も多く見受けられる。その方が威力も増すし、小型化も容易なのだ。それでも金属を使わないためなのか、弓本体は真直ぐに作られているので、握った手の指で矢を支えてあげる必要がある。もっとも、矢は弓の左を通るのは全てで共通している。
私の弓はグリップが金属製で軽量化のための穴だらけ、握りの上には左側に口を開けるように凹みがある、まんまアーチェリーの弓の構造を踏襲している。強度とかを考えると、こちらでは有り得ない発想なのかもしれないし、そこまで凝った物は求められていないのかもしれない。
もっと言えば私の弓の各パーツは、ヘグィンバームさんのノウハウと錬金術師としての私の知識で、スペシャル素材をふんだんに使っている拘り抜いた逸品だ。




