軍からの呼び出し
ヘグィンバームさんの消息が、思いもよらぬ処から発覚することになった。
「申し訳ありませんが、本日の通行は認められません。ユーミ殿には軍訓練施設への招集命令が出されておりますので、都合がつき次第出頭を願いたいとのことです」
「そのような命令書みたいなものは受け取っていませんが?」
「所在が不明とのことで、各城門の守衛に通達が出ております」
「冒険者ギルドに登録している身ですから、そちらに問い合わせてもらえれば伝わったはずですが」
「申し訳ありませんが、そこまでの詳細は知らされておりません」
モーリンとアルテの付き添い日だったこともあって、アリスと4人で馬車を使って王都を出ようとして捕まってしまった。私抜きではそもそも訓練が成り立たないのでギルドの本店に顔を出し、詳細の確認とアリスの保護を頼むのが良いだろうと、頻繁に見かける見ず知らずの冒険者からのアドバイスに従う事にした。
この場で拘束されたわけでは無いので、渡り人の件がバレたとも考えにくい。そのあたりはヘイルさんに直接問いただすのが良いのかもしれない。
ギルドの本店に着けば、既に連絡を受けていたのかヘイルさんが表で待っていてくれた。
「アリスはユーミが戻るまでギルドの宿舎で預かろう。呼び出しには俺が付き添うから、馬車に乗せてもらえるか」
「かまいませんよ。装備は乗せっぱなしですが大丈夫ですよね」
「盗まれるかどうかなら、大丈夫だろうとしか言えないな。ちゃんと帰ってこられるかって事なら、俺が責任をもつと約束しよう」
カティアさんにアリスを預けて、ヘイルさんから馬車での移動時間にある程度の説明を受けた。
どうやらヘグィンバームさん作の弓を軍が欲していて、その理由と言うのが遠距離からの精密攻撃を対魔人戦に活用したいとの思惑があるのだそうだ。もちろん、その発端が私であることは間違いようがない。
だがしかし、弓を改めたにもかかわらず効果が表れず、道具ではないのではとの疑惑が湧いたことで、今回の招集に至ったのだろうとの事だった。もしかするとステータスを含めて再確認されるとか、しばらく滞在するなどの面倒ごとにも発展するかもしれないらしい。
「いつもの弓は持ってきているんだよな」
「遠距離用も積んでいますけど、組み替えた方が良いかもしれないですね」
「組み替える?」
「今の仕様は完全に遠距離殲滅用なので、遠・中距離用に部品を変えた方が良いかもしれないです。飛び過ぎるのもありますが、普通の人にはまず引けないと思うので」
一旦ヘイルさんご贔屓の商会に寄って、馬車の中で弓の組み換えを行う事になった。
ハンドルは予備品を使い、しなりの強いリムと単純構造のカムをセットする。ケーブルは緩めに設定してスタビライザーは短めで合わせ、拡大付与を施していないサイトスコープにしておけば、貸してくれと言われても問題にはならないだろう。
そこまでしたのには訳があった。今回の首謀者達が選民意識の特に強い貴族で、軍事作戦の立案に対する影響力も大きいと聞いていたからだった。場合によっては、平民とみなされている私など闇に葬られたって不思議ではないのだ、とヘイルさんに脅かされたからだ。
訓練施設に出向けば、そのまま訓練場に通された。お茶のひとつも出ずにヘグィンバームさんの姿がそこにあることで、呼び出した側の傲慢さが強く感じられた。絶対に思い通りに等なってやるものかと、心の中で舌を出してやる。
「よく来た。早速だが、その腕前を見せて欲しい」
「私はなぜ、ここに呼ばれたのでしょうか。それによってお見せするものも変わってくると思いますが」
「誰よりも遠くの的を的確に打ち抜くと聞いている。その技が優れたものであれば、王国の発展のために活用したいのだ」
「あそこの的で宜しいので? それとももっと遠くの的の方が良いのでしょうか」
「ボウガン用の的で150mはあるぞ、それでも当てられると言うのか」
面倒くさくなったので、証明することにした。
持ち出していた予備(威力は下げた作り)に出来合いの矢を番えて構え、丁寧に狙いを定めながら1本ずつ的の中央を射抜く。威力を落としたとはいえ、この距離ならば放物線を描かずとも届かすことが出来るので、その威力は的を射抜いた先の土山に突き刺さっているだろうが、市販の矢なので再利用は期待していない。
10本射て、全て的を射抜いたところで振り返れば、居並ぶお偉いさん達には驚愕と狂喜の表情が浮かんでいる。
「道具が良いのと慣れの問題でしょうが、どなたか試してみますか? 代わりにこちらで使われている弓が有れば、それでも腕前を披露いたしましょう」
棚にはボウガンがいくつも置いてはあるけれど、弓はどこにも見当たらない。人を呼び出しておいて、比較しようとか思わないのだろうか。まさかボウガンを持ち出して、勝ったと言いたかったとか?
どうぞどうぞとお見合いしていた中から三人が出てきたので、1番年配に見える人に弓を手渡し1歩下がる。必要であれば矢も渡すが、引けるものなら引いてみろと意地悪なことを考えながら黙ってみていると、矢も番えずに引こうとして渋い顔をした。何も聞かれなかったのでリリーサーを渡してはいないし、素手の指を掛けて引けばさぞ痛かった事だろう。
「引くなら、これを使ってください。コツが要りますけど、指を失いたくはないでしょ」
アーチェリーの事は良く分からないのだけれど、リリーサーと言って指を掛ける丁字の用具で弦を引くらしい。初めて射た後に渡されたそれを、最近やっと使えるようになっていた。もっとも速射時にリリーサーを取り落とさないよう、指を掛ける部分を輪にしてみたりと、試行錯誤して手に馴染む様にしている。
渡したリリーサーはオリジナルを模したもので、やはり慣れなければ意図しないタイミングで弦を放してしまって四苦八苦している。この分だと今日中に射るところまでは行かなそうだ。




