55.無双しますか?
エマは半信半疑で子竜を肩に乗せ、そうっと執務室を出た。
ふわりとミリアムが飛び立って、二人の頭上に得意げに金の粉を撒く。
それを見つけたガーゴイルが、一斉にエマたちに襲い掛かって来た。エマは小さく、子竜に呟く。
「あいつらを倒して」
子竜がそれを受け、口をかぱっと開ける。
閃光──
と同時に地響き、轟音、光の洪水。竜の城は光で溢れ、膨れ上がり、暴風にガーゴイルが無音で転げまわる。
エマも風圧に負け、床にはいつくばった。
風が止んだところで、恐る恐る、目を開ける。
ガーゴイルが全て消えていた。エマは立ち上がると、呆然と周囲を見渡した。
「え?え?」
そのまま戸惑いながら歩く。ガーゴイルはいない。
子竜がどこか得意げに肩に乗って来た。もっと先まで歩き、城の廊下を抜け、中庭に出る。
もう、ガーゴイルは中にも外にも消え失せていた。エマは慄然とする。
古代竜でさえ、一個隊を消すのがせいぜいであった。
この子竜は、城はおろかその外部のガーゴイルすら消し去ってしまったのだ。
エマは信じがたい気持ちで再び中庭を見回す。
「ひゃー!大変だったわね」
ミリアムがパタパタと羽を漕ぎながら、どこか呑気にやって来た。
「子竜に妖精の金粉かけてみたら、滅茶苦茶に強くなっちゃったわね?」
エマは「それでか……」と呟く。
「ウィルがミリアムの妖精化を歓迎したのは、そういうのもあったからなのかしらね……」
「あ、そうね。自分も強くなるし、誰かを強くすることもできる。妖精ってば超便利!」
災い転じて福となす。意外にもピンチだと思われた状況が、オセロのようにくるくると好転し始めた。
エマは顎に指を添え、考え込む。
子竜と魔王の子に妖精の金粉をかけてこれなら、彼らを妖精化すれば、さぞかし──
「……晴れたな」
エマはびくりと体を震わせる。
赤子を抱いたウィルが、すぐそばに立っていた。赤子はエマを見つけると、手を伸ばして来た。エマはその小さな手に触れる。
「なんだウィルか……ビックリしたぁ」
「ちょっと、気になることがあって来たんだ」
ウィルが先立って歩きながら手招きし、エマとミリアムは歩き出す。
魔王は眼下に広がる地上の、ある一点を指さした。
王都だ。そこから、何か黒い煙のようなものが禍々しく立ち上がっている。
「……あれは?」
「エマには見えないか?あの黒い煙は全て──魔物の魂だ」
エマとミリアムは困惑して顔を見合わせる。
「た、魂って見えるの?」
「めちゃくちゃ集めれば見える。特に、邪悪なものであれば」
「なぜそんなものが、王都に?」
「猛スピードで誰かが魔族を復活させているのだ。そのためには、魔物の魂をかき集めなければならないんだ」
「じゃあガーゴイルも、やはり」
「王都から出て来ているのだろう。しかも、前より集まっている。恐らくだが魔族の数を一時的にでも急増させるために、何か儀式でもしているんだろう」
エマ達は、互いに頭を巡らせながら立ちすくむ。
「……そろそろ行かなくては。手遅れになる前に」
エマは頷く。が、
「ウィル。あなたの体は大丈夫なの?」
とも尋ねる。ウィルは赤子の頭に頬を寄せ、不敵に笑う。子竜も飛んで行って、ウィルの肩に止まった。
「一時的に魔力が低下している。でもそれ以外は大丈夫だ。俺に考えがある」
子竜に、赤子。ふたつの命。
彼らに囲まれながら、魔王の目は力強さを取り戻して行く。
「みんな、俺の言う通りにやって欲しい。テオドールにも協力を依頼しよう」
テオドールは、その夕方にようやく起きた。その一報を受け、エマは子竜を伴い、ウィルは赤子を背負い、テオドールの寝室へ向かう。
先にウェンディが待っていた。
「お、おおお子竜!」
エマの肩に止まっていた子竜は父親の声に反応し、ふわりと飛び立った。
テオドールはその大きな腕で子竜を抱き締める。エマとウィル、ウェンディは目配せして笑い合った。
「ついに卵から出たのか……長かったな!エマも魔王も、よくぞガーゴイルをやっつけてくれた!」
ウィルは首を横に振った。
「いや、やっつけたのは俺たちではない」
「……?」
族長は怪訝な顔をする。
「その子竜だ」
それを聞くや、テオドールは子竜を高々と掲げ、
「えらいでちゅねー!」
と叫ぶ。その場にいる全員が苦笑いした。ウィルが言う。
「そういうわけで、テオドール」
「何だウィルフリード」
「生まれたての子竜は強大な力を備えているんだ。このピンチも、その子がいれば解決する」
すると、とたんにテオドールの顔が曇る。
「何!?この子を戦場に出すだと!?」
「まあそういうことだ」
「バッ、馬鹿を言うな!そのようなことはまかりならんっ!」
ウィルはやれやれと肩をすくめた。
エマが前に進み出る。
「……テオドール」
「何だ、エマまで。君はこの子の母親なんだぞ!母親なら、子を戦場に行かすなど……!」
「子竜は、私が必ず連れ帰るわ」
テオドールは、愕然と、しかし急に神妙な顔つきになる。
「魔族が覇権を持ったら、この子の住む世界が危うくなるもの。この子たちの力を借りたいの。彼らに借りた力は、大人たちが後で返してあげればいい」
ウェンディとウィルが、エマの後ろで同意を求めるように頷いて見せた。
テオドールは、それでようやくウィルの背負った赤子に気がつく。
「まさか、魔王の子まで連れて行くのか?」
ウィルは頷いた。
「いくら何でも、それは危険だ。子竜は自分で歩いたり飛んだり出来るが、赤子は放り出されたら何も出来ないんだぞ!」
ウィルはちらと背中の赤子に目を落としてから、再び前を向く。
「……大丈夫だ。俺に、妙案がある」
テオドールは訝しむ。
「妖精化、更に魔王の子が三歳まで使える、あの初期化魔法。これで魔族を一網打尽に出来る」
テオドールは、心当たりがあったらしく「あっ」と叫んだ。
「ウィルフリード、まさかあれを……」
エマとウェンディはというと、肩をすくめて顔を見合わせた。
何のことやら、さっぱり分からない。




