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第6章.王国の滅亡

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55.無双しますか?

 エマは半信半疑で子竜を肩に乗せ、そうっと執務室を出た。


 ふわりとミリアムが飛び立って、二人の頭上に得意げに金の粉を撒く。


 それを見つけたガーゴイルが、一斉にエマたちに襲い掛かって来た。エマは小さく、子竜に呟く。


「あいつらを倒して」


 子竜がそれを受け、口をかぱっと開ける。


 閃光──


 と同時に地響き、轟音、光の洪水。竜の城は光で溢れ、膨れ上がり、暴風にガーゴイルが無音で転げまわる。


 エマも風圧に負け、床にはいつくばった。


 風が止んだところで、恐る恐る、目を開ける。


 ガーゴイルが全て消えていた。エマは立ち上がると、呆然と周囲を見渡した。


「え?え?」


 そのまま戸惑いながら歩く。ガーゴイルはいない。


 子竜がどこか得意げに肩に乗って来た。もっと先まで歩き、城の廊下を抜け、中庭に出る。


 もう、ガーゴイルは中にも外にも消え失せていた。エマは慄然とする。


 古代竜でさえ、一個隊を消すのがせいぜいであった。


 この子竜は、城はおろかその外部のガーゴイルすら消し去ってしまったのだ。


 エマは信じがたい気持ちで再び中庭を見回す。


「ひゃー!大変だったわね」


 ミリアムがパタパタと羽を漕ぎながら、どこか呑気にやって来た。


「子竜に妖精の金粉かけてみたら、滅茶苦茶に強くなっちゃったわね?」


 エマは「それでか……」と呟く。


「ウィルがミリアムの妖精化を歓迎したのは、そういうのもあったからなのかしらね……」

「あ、そうね。自分も強くなるし、誰かを強くすることもできる。妖精ってば超便利!」


 災い転じて福となす。意外にもピンチだと思われた状況が、オセロのようにくるくると好転し始めた。


 エマは顎に指を添え、考え込む。


 子竜と魔王の子に妖精の金粉をかけてこれなら、彼らを妖精化すれば、さぞかし──


「……晴れたな」


 エマはびくりと体を震わせる。


 赤子を抱いたウィルが、すぐそばに立っていた。赤子はエマを見つけると、手を伸ばして来た。エマはその小さな手に触れる。


「なんだウィルか……ビックリしたぁ」

「ちょっと、気になることがあって来たんだ」


 ウィルが先立って歩きながら手招きし、エマとミリアムは歩き出す。


 魔王は眼下に広がる地上の、ある一点を指さした。


 王都だ。そこから、何か黒い煙のようなものが禍々しく立ち上がっている。


「……あれは?」

「エマには見えないか?あの黒い煙は全て──魔物の魂だ」


 エマとミリアムは困惑して顔を見合わせる。


「た、魂って見えるの?」

「めちゃくちゃ集めれば見える。特に、邪悪なものであれば」

「なぜそんなものが、王都に?」

「猛スピードで誰かが魔族を復活させているのだ。そのためには、魔物の魂をかき集めなければならないんだ」

「じゃあガーゴイルも、やはり」

「王都から出て来ているのだろう。しかも、前より集まっている。恐らくだが魔族の数を一時的にでも急増させるために、何か儀式でもしているんだろう」


 エマ達は、互いに頭を巡らせながら立ちすくむ。


「……そろそろ行かなくては。手遅れになる前に」


 エマは頷く。が、


「ウィル。あなたの体は大丈夫なの?」


とも尋ねる。ウィルは赤子の頭に頬を寄せ、不敵に笑う。子竜も飛んで行って、ウィルの肩に止まった。


「一時的に魔力が低下している。でもそれ以外は大丈夫だ。俺に考えがある」


 子竜に、赤子。ふたつの命。


 彼らに囲まれながら、魔王の目は力強さを取り戻して行く。


「みんな、俺の言う通りにやって欲しい。テオドールにも協力を依頼しよう」




 テオドールは、その夕方にようやく起きた。その一報を受け、エマは子竜を伴い、ウィルは赤子を背負い、テオドールの寝室へ向かう。


 先にウェンディが待っていた。


「お、おおお子竜!」


 エマの肩に止まっていた子竜は父親の声に反応し、ふわりと飛び立った。


 テオドールはその大きな腕で子竜を抱き締める。エマとウィル、ウェンディは目配せして笑い合った。


「ついに卵から出たのか……長かったな!エマも魔王も、よくぞガーゴイルをやっつけてくれた!」


 ウィルは首を横に振った。


「いや、やっつけたのは俺たちではない」

「……?」


 族長は怪訝な顔をする。


「その子竜だ」


 それを聞くや、テオドールは子竜を高々と掲げ、


「えらいでちゅねー!」


と叫ぶ。その場にいる全員が苦笑いした。ウィルが言う。


「そういうわけで、テオドール」

「何だウィルフリード」

「生まれたての子竜は強大な力を備えているんだ。このピンチも、その子がいれば解決する」


 すると、とたんにテオドールの顔が曇る。


「何!?この子を戦場に出すだと!?」

「まあそういうことだ」

「バッ、馬鹿を言うな!そのようなことはまかりならんっ!」


 ウィルはやれやれと肩をすくめた。


 エマが前に進み出る。


「……テオドール」

「何だ、エマまで。君はこの子の母親なんだぞ!母親なら、子を戦場に行かすなど……!」

「子竜は、私が必ず連れ帰るわ」


 テオドールは、愕然と、しかし急に神妙な顔つきになる。


「魔族が覇権を持ったら、この子の住む世界が危うくなるもの。この子たちの力を借りたいの。彼らに借りた力は、大人たちが後で返してあげればいい」


 ウェンディとウィルが、エマの後ろで同意を求めるように頷いて見せた。


 テオドールは、それでようやくウィルの背負った赤子に気がつく。


「まさか、魔王の子まで連れて行くのか?」


 ウィルは頷いた。


「いくら何でも、それは危険だ。子竜は自分で歩いたり飛んだり出来るが、赤子は放り出されたら何も出来ないんだぞ!」


 ウィルはちらと背中の赤子に目を落としてから、再び前を向く。


「……大丈夫だ。俺に、妙案がある」


 テオドールは訝しむ。


「妖精化、更に魔王の子が三歳まで使える、あの初期化魔法。これで魔族を一網打尽に出来る」


 テオドールは、心当たりがあったらしく「あっ」と叫んだ。


「ウィルフリード、まさかあれを……」


 エマとウェンディはというと、肩をすくめて顔を見合わせた。


 何のことやら、さっぱり分からない。

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