50.幼馴染が封印されたのですか?
浮遊大陸から魔法陣の上に乗って再び魔王城に戻ったエマは、竜の姿のウェンディと共に目を見張った。
魔王城の玉座の間が、魔族に占拠されている。皆それぞれに魔王城から目ぼしい衣装や宝飾品を盗み出していた。ほとんどがガーゴイルだ。
「ウェンディ!」
エマが指を掲げて叫ぶと、魔族は一斉に逃げ出した。竜の力を知っているのだ。ウェンディは力の限り息を吸い込むと、再び吐き出した。
閃光。
魔族は灰になって消えた。
「うそ……いつの間に魔族が」
「ここは危険です。勇者様、まずはどうなさいますか?雑魚は私が即殲滅させますので、お好きな場所へ行って構いません」
「場所ね……王都がどうなっているのかを知りたいけど、その前に旅立ちの準備をしないと」
「はい」
「まずは仲間よ。アンドリューとミリアムを探さなきゃ」
「仲間、ですか?」
「そう、私の幼馴染なの。信頼出来る戦士と魔法使いよ。きっと知恵を貸してくれるわ。……でも王都へ行ったきり、会ってないのよ」
ウェンディが嫌な予感に表情を曇らせる。エマもお察しとばかりに肩を落とした。
「そうですか。とにかく今は、旅路の準備をしなければ……」
「そうね。食料や装備を整えないと」
二人は気を取り直し、玉座の間を出た。階段を降りてまっすぐに厨房へ向かうと、何やら奥でガサガサと音がする。
ウェンディとエマは厨房の壊れた扉から、そうっと顔を出した。
食料棚がガーゴイルの集団に荒らされている。それを見て驚いたエマがかたん、と扉に足先を打ち付けると、彼らが立ち上がってこっちを見た。ばっちりと目が合う。
「あ」
ウェンディが再び竜に変身した、その時。
「どけえええ!」
厨房の向かい側にある勝手口から、アンドリューが駆け込んで来た。ガーゴイルは咄嗟に攻撃を仕掛けたが、彼の流れるような剣さばきでバスバスとなぎ倒されて行く。
一瞬の出来事だった。
「ふーっ。さーて、メシメシ……」
「アンドリュー?」
聞き覚えのある声に、筋肉戦士が振り返った。
「あっ、エマ!帰って来たのか、早かったな」
「ねえ、ミリアムは?」
エマの問いかけに、アンドリューは沈痛な面持ちになる。
重苦しい空気が立ち込め、エマはおろおろと目を泳がせた。
勇者の前に、いつもミリアムの胸で光っていた勲章が無言で差し出される。
エマは恐ろしい予感に冷や汗をかき、顔をこわばらせた。
「……実は」
アンドリューが言いにくそうに、しかし決心したように告げる。
「ミリアムは……この中だ」
時が止まった。
「……はい?」
「ミリアムは、この勲章の中に封印されている。見てみろ」
エマは差し出された勲章を見つめた。
太陽のような形の勲章。中央に、半円球の透明な宝石がはめこまれているのだ。
その宝石の中に、小さな小さなミリアムが、何か言いながら内側から宝石を叩いている。
「ほ……本当だ!!」
「俺も、まさかと思ったぜ。王から与えられた勲章が、まさかこいつを封印するとは」
「ど、どういうこと?」
「これは憶測だが……勲章は優れた兵士に贈られる」
エマは口を押さえた。
「で、王が魔族だとすると」
そんなことが、あっていいのか。
「魔族からすると、優秀な奴なんかいなくなってもらいたいわけだ。恐らくこの類の勲章を貰った奴は、今軒並み勲章の中に封印されてると思うぜ。ま、アレだ。俺たちは目立って優秀ではなかったから、封印を免れたんだ」
アンドリューは自嘲気味に笑った。
「勇者装備はクソ仕様だったし、忠誠を誓った王は魔族だし、勲章も己を封印させる術具であった、と。まーったく、俺たちって何だったのかね?騙され利用され……結局国は滅びるしよぉ」
皆、何も言えず下を向く。
が、エマは前を向いた。
「まだ、間に合うわ」
アンドリューも顔を上げる。
「ミリアムは死んでいない。国だって、人がいれば立て直せるわ。それにアンドリュー。あなたは魔王城に戻って、何かやらなければならないことがあったんじゃないの?」
戦士はようやく我に返った。
「ああ、そうだ。ミリアムを出してやる方法を探しに来たんだ。魔王なら、何か知ってるんじゃないかと思って……」
「今すぐ図書館へ行きましょう。封印を解く方法が、きっとあるはずよ」




