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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日

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0071.夜に属すモノ◇

 「死体があるから、こっちに来るんじゃないか」

 「捨てろよ、そんなもん!」

 「(ひど)い……! フィーガは友達じゃないの!」


 少年たちが、息をしなくなった友を抱える少女に詰め寄る。

 「同じクラスなだけで友達って、厚かましいだろ」

 「死体抱えて、何ほざいてんだ!」

 「アタマおかしいんじゃねぇか?」


 少女が冷たくなったフィーガを抱きしめ、言い返す。

 「何よ、人でなしッ!」

 「じゃあどうすんだよ!」

 「腐っても、ずっと抱いてくのかッ?」

 骨折した少年が問い詰める。

 「そ……それは……それは……」

 「朝になったらお(とむら)いして、お別れするの!」

 フィーガを抱えた少女が口籠(くちごも)ると、別の少女が代わりに食って掛かった。


 「君たち、喧嘩は止めなさい」

 近くの大人が制止するが、中学生たちはますます激昂した。

 「うるせぇ! おっさん、すっこんでろ!」

 「死体があるから、雑妖が寄って来るんだろ!」

 「魔物が来る前に捨てろよ! 俺たちを殺す気かッ?」

 骨折した少年が、少女の髪を掴んで後ろへ引く。

 別の少年が、同級生の遺体を強引に奪い取った。

 「痛ッ!」

 「やめてよ! やめてッ!」

 別の少女が遺体に(すが)りつくが、三人目の少年がその肩を押さえ、別の大人が引き()がす。


 大人たちも、遺体の扱いで意見が割れ、中学生を止めるどころではなくなった。意見の異なる者で怒鳴り、殴り、押し、輪の外へ出されまいと押し返す。


 遺体を輪の外へ出そうとする者と、出されまいとする者が、少女の()(がら)を引き合った。髪が抜け、衣服が裂ける。

 警官が声を張り上げ制止するが、誰も従わない。手近の者を押さえ、争いの中心に近付こうとするが、遺体を捨てたい者がそれを(はば)む。


 「パニセア・ユニ・フローラ様、どうか我らをお守り下さい」

 輪の西側の避難民が(ひざまず)き、一心に祈りの(ことば)を唱える。


 怯えたアマナがクルィーロにしがみつく。

 クルィーロは妹を抱きしめ、レノを見た。

 レノも妹二人を毛布に(くる)んで抱きしめる。

 パン屋の店長は、まだ意識を失ったままだ。そっと手を伸ばして首筋に触れる。脈はあるが、弱かった。今夜一晩、もつかどうか。



 護符を持つ少年は南の喧騒に関知せず、運河を見詰め、雑妖の群に【魔除け】の護符を持った手を突きつける。

 少年のお陰か、北側……クルィーロたちの背後は、雑妖の層が薄い。

 薬師(くすし)も戦う力を持たないのか、怯えた目で南側の乱闘を見守った。

 テロリストと、まだ傷が癒えない大人たちは、北側に身を寄せて静観する。


 「あいつらは、死体を求めて群がって来るんだぞ!」

 男性の怒声が腹に響く。

 懐中電灯や【灯】を(とも)せば、人間の夜襲を受ける(おそ)れがある。


 火災の炎に遠巻きにされ、この場所は闇が濃い。

 闇の中でも、雑妖は浮かび上がって視えた。

 密集する雑妖は、ぶよぶよと定まらない身が圧着し、ひとつの肉壁を成した。虫の脚や羽毛、根や(つる)が無秩序に入り混じり、ドブかゴミ溜めのようだ。



 少女の遺体を巡って争う一団と、それを制止しようとする警官らが()み合う。

 「死者を冒涜(ぼうとく)しないで!」

 「死体のせいで、俺らが危険に(さら)されてるんだぞ!」

 「死んだ奴はこれ以上、死なねぇよ!」


 雑妖の壁は、個体の境もわからない。一塊の雑妖が、一個の意思を持つように、ひとつの目的を持って押し寄せる。


 「そんなに死体が大事なら、一緒に出ろよッ!」

 「やめて! やめてったらッ!」

 「痛いッ!」


 怒声と悲鳴が混じり合い、その声を(たの)しむかのように雑妖の壁が揺れる。


 「落ち着きなさい」

 「心を(しず)めるんだ。(いさか)いや憎しみが奴らを呼び寄せるんだ」


 おばさんや警官の声は、人々の(げき)した心に届かない。

 (もみ)み合いの中で、少女の一人が体勢を崩し、【簡易結界】の外へ倒れ込む。揉み合う人々がその上に折り重なった。

 悲鳴が途切れ、雑妖の塊が雪崩(なだ)れ込む。



 「やっぱ、切れたか……」

 クルィーロは、アマナを抱いて立ち上がった。

 自分でも思った以上に冷静だ。いや、感情が麻痺しただけかもしれない。幼馴染のレノも、ピナティフィダを促し、エランティスを抱き上げて腰を上げる。

 「お……お父さんは……?」

 エランティスの呟きに、レノは小さく首を振った。

 テロリストや、争いに加わらなかった人々も腰を浮かす。


 「清き()よ、烈夏(れっか)日輪(ひのわ)(よど)み裂き……」

 悲鳴と怒号を()って、警官が【魔滅(まめつ)】の呪文を唱える声が聞こえた。



 「こっちだ」

 クルィーロは、護符を持つ少年の肩を叩いた。狼狽(ろうばい)し、色を失った少年が、クルィーロの指示に光を見出す。言われるまま、淡い光を放つ護符を手に、壊れた【簡易結界】の輪を出た。

 その動きに気付き、薬師(くすし)が呪文を唱える。


 「日月星(ひつきほし) 蒼穹(そうきゅう)巡り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く……」


 「こっちです」

 ピナティフィダが湖の民と手を繋ぐ。薬師(くすし)は、女子中学生に手を引かれて呪文を唱え続ける。


 「……天仰ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」

 薬師(くすし)が結びの言葉を唱えると、淡い光が(さざなみ)のように広がった。

 雑妖の塊が、光の波に押されて道を空ける。


 まだ、ちろちろと残り火が躍る街区。その間を通る細い闇。クルィーロと護符を持った少年を先頭に、争いを避けた人々が、闇の小道へ踏み込んだ。

 護符の力を恐れ、雑妖の群が次々と道を譲る。

 焼け跡から(にじ)み出る雑妖が、薬師(くすし)の【魔除け】に押し戻される。

 輪の南側で争う人々がどうなったのか、振り返る余裕もなく、雑妖の涌き出す街区に挟まれた細道を東へ向かった。

★第三章 あらすじ

 二月三日のできごと。


 警察署前に号外が置かれた。アウェッラーナは一枚手に取り、息を呑む。

 号外「リストヴァー自治区炎上 未明の大火」

 自治区の火災は、単なる事故か、テロへの報復か。


 午後、役所が手配したバスで、鉄鋼公園に身を寄せていた人々が避難を始める。

 バスでの移動中、空襲に見舞われた。


 周囲の火勢は衰えを見せず、風向きが変わる度に熱風が吹き寄せる。

 そうかと言って、運河に近付き過ぎると、魔物に引きずり込まれる惧れがある。

 三方は炎、前方は魔物の巣食う運河、上空には国籍不明の爆撃機。


 リストヴァー自治区では、何とか炎から逃げおおせたアミエーラが、仕立屋に身を寄せていた。


 避難民とテロリスト。炎に囲まれた人々が、運河の畔で夜を迎える。


 ※ 登場人物紹介の一行目は呼称。

 用語と地名は「野茨の環シリーズ 設定資料」でご確認ください。

 【思考する梟】などの術の系統の説明は、「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説07.学派」にあります。



★登場人物紹介


 ◆湖の民の薬師(くすし) アウェッラーナ

 湖の民。フラクシヌス教徒。髪と瞳は緑色。

 隔世遺伝で一族では唯一の長命人種。外見は十五~十六歳の少女(半世紀の内乱中に生まれ、実年齢は五十八歳)


 実家はネーニア島中部の国境付近の街、ゼルノー市ジェリェーゾ区で漁業を営む。

 父と姉、兄、甥姪など、身内で支え合って暮らしている。


 ゼルノー市ミエーチ区にあるアガート病院に勤務する薬師(くすし)

 魔法使い。使える術の系統は、【思考する(フクロウ)】【青き片翼(かたよく)】【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】【霊性の(ハト)

 呼称のアウェッラーナは「(ハシバミ)」の意。

 真名(まな)は「ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフ」


 ◆パン屋の青年 レノ

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。十九歳。濃い茶色の髪の青年。

 ネーニア島のゼルノー市スカラー区にあるパン屋「椿屋」の長男。

 両親と妹二人の五人家族。パン屋の修行中。

 レノは、髪の色と足が速いことからついた呼称。「馴鹿(トナカイ)」の意。


 ◆ピナティフィダ(愛称 ピナ)

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。中学生。二年三組。濃い茶色の髪。

 レノの妹、エランティスの姉。しっかりしたお姉さん。

 生まれた時期に咲いていた花の名を呼称にしている。


 ◆エランティス(愛称 ティス)

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。小学生。五年二組。濃い茶色の髪。

 レノとピナティフィダの妹。アマナの同級生。大人しい性格。

 生まれた時期に咲いていた花の名を呼称にしている。


 ◆工員 クルィーロ

 力ある陸の民。フラクシヌス教徒。工場勤務の青年。二十歳。金髪。

 パン屋の息子レノの幼馴染で親友。ゼルノー市スカラー区在住。

 両親と妹のアマナとの四人家族。

 隔世遺伝で、家族の中で一人だけ魔力がある。

 魔法使いだが、修行はサボっていた。使える術の系統は、【霊性の(ハト)】が少しだけ。

 呼称のクルィーロは「翼」の意。


 ◆アマナ

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。クルィーロの妹。金髪。

 小学生。五年二組。エランティスの同級生。ゼルノー市スカラー区在住。

 生まれた時期に咲いていた花の名を呼称にしている。


 ◆少年 ローク

 力なき陸の民。商業高校の男子生徒。十七歳。ディアファネス家の一人息子。

 ゼルノー市セリェブロー区在住。家族とは相容れなくなり、家出する。

 祖父たち自治区外の隠れ教徒と、自治区の過激派が結託して、テロを計画していることを知りながら、漫然と放置してしまった。

 保身に走り、後悔しがち。

 呼称のロークは「角」の意。


 ◆お針子 アミエーラ

 陸の民。キルクルス教徒。十九歳の女性。金髪。青い瞳。仕立屋のお針子。

 リストヴァー自治区のバラック地帯在住。

 工員の父親と二人暮らし。

 呼称のアミエーラは「宿り(ヤドリギ)」の意。


 ◆少年兵 モーフ

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の少年兵。十五~十六歳くらい。

 リストヴァー自治区のバラック地帯出身。


 アミエーラの近所のおばさんの息子。祖母と母、足が不自由な姉とモーフの四人家族。

 父は、かなり前に工場の事故で亡くなった。

 以前は工場などで下働きをしていた。自分の年齢さえはっきりしない。


 貧しい暮らしに嫌気が差し、家出してキルクルス教徒の団体「星の道義勇軍」に入った。

 呼称のモーフは「(コケ)」の意。


 ◆隊長 ソルニャーク

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の一部隊の隊長。モーフたちの上官。おっさん。

 知識人。冷静な判断力を持つ。

 キルクルス教徒だが、狂信はしていない。自爆攻撃には否定的。

 陸の民らしい大地と同じ色の髪に、彫の深い精悍な顔立ち。空を映す湖のような瞳は、強い意志と知性の光を宿している。

 呼称のソルニャークは「雑草」の意。


 ◆元トラック運転手 メドヴェージ

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の一兵士。おっさん。

 リストヴァー自治区のバラック地帯出身。


 以前はトラック運転手として、自治区と隣接するゼルノー市グリャージ区の工場を往復していた。

 仕事で大怪我をして、ゼルノー市ジェリェーゾ区にある中央市民病院に入院したことがある。

 呼称のメドヴェージは「熊」の意。


 ◆市民病院の呪医

 湖の民の男性。フラクシヌス教徒。髪と瞳は緑色。

 ゼルノー市立中央市民病院に勤務する唯一の呪医。

 【青き片翼】学派の術を修め、主に外科領域の治療を担当。


 ◆葬儀屋

 湖の民の男性。フラクシヌス教徒。髪と瞳は緑色。

 【導く白蝶】学派の術を修めた葬儀屋。

 商売柄、服には【魔除け】や【退魔】などの呪文を刺繍してある。

 自前の魔力が尽きない限り、この服を着ている間は常時、それらの術が葬儀屋を守っている。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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