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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日

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0070.宵闇に一悶着

 「輪の中に居なくていいじゃん」

 男子中学生が冷たく言い放ち、女子中学生は、無言でテロリストにキツイ視線を投げた。街を焼く炎に照らされた顔は、陰影が濃い。


 少年兵が無言で頷いて腰を浮かす。年配の警官は、その肩を押さえて座らせた。

 「気にしなくていい。ここに居なさい。……君たち、そんなことを言うもんじゃない」

 「何でだよ!」

 「何で、テロリストなんかの肩持つんだよ!」

 少年たちが怒りを爆発させた。 

 「まともな市民を守るのが警察の仕事じゃないか!」

 「税金泥棒!」

 「お前らうるせぇ。妹が起きたらどうしてくれるんだ」

 クルィーロが、極力抑えた声で制止する。


 流石(さすが)に、命の恩人である魔法使いには逆らう気がないのか、中学生たちは口を閉ざした。念の為、言い添える。

 「陸の民は混血が進んでるから、力なき民の中にも、作用力がなくて魔法は使えないけど、魔力だけは持ってる奴も居るんだ。テロリストの中にもそう言う奴が居れば、その分、結界は強化される」

 クルィーロの説明に、当のテロリストたちが眉を(しか)めた。


 ……余計なこと言っちまったかな? ま、いっか。


 中学生を見回すと、仲間内で額を寄せ合い、何事か相談し始めた。

 すぐに結論が出たのか、何事もなかったかのように静かになる。

 警官とテロリストへの詫びの言葉はなく、騒いだことへの謝罪もないが、誰も何も言わなかった。

 折角、静かになったものを、わざわざつつく必要はない。小さな礼儀を気にしていられる状況ではないのだ。

 クルィーロは心を(しず)めようと、細くゆっくり息を吐いた。



 「あ、あの、どなたか、魔力に余裕、ありませんか?」

 堅パンをくれた少年が、小さな何かを掲げて呼び掛ける。注目は集まったが、誰も何も言わなかった。


 少年の手が、落胆に下がりかける頃、魔法使いの警官が応じた。

 「……どうしたんだい?」

 「ここに【魔除け】のお守りがあるんですけど、【魔力の水晶】とセットでないと発動しないんです。それで……」

 「あぁ、魔力の充填か。少しなら、なんとかなりそうだよ」

 少年は安堵して年配の警官を見た。警官が少年に頷いてみせ、【簡易結界】の発動後も持ったままだった【水晶】を後輩に渡す。


 湖の民の薬師(くすし)も、少年に提案した。

 「あの、充填が終わるまで、護符は私が持ちましょう。発動の時間は、少しでも長い方がいいですから」

 少年が、何度も感謝を口にして護符を手渡す。魔力を持つ湖の民の手が触れた途端、小さな護符は真珠色の淡い輝きに包まれた。


 ……この子、ホント、色んなもん持ち出して来たんだな。


 クルィーロは素直に感心した。中学生への怒りが溶けて消える。

 空が暗くなるに従い、街を焼く炎も弱まってゆく。

 焼け死ぬ心配はなくなったが、今度は寒さが襲ってきた。


 炎の陰で雑妖が踊る。光を受けても雑妖の後ろに影はない。

 クルィーロは、「この世とあの世の境に属するからだ」と教わったが、真偽の程は誰にもわからなかった。



 あれから、爆撃機の音は聞こえない。今日の空襲は終わったようだ。

 当面の敵は、雑妖と運河の魔物。

 定まった形を成さぬ雑妖が、踊るような動きでじわじわ近付く。


 新聞の輪に近い人々が、足を縮め、輪の内に身を寄せた。

 雑妖は【簡易結界】に阻まれ、新聞の輪の外を這い回る。

 不定形の存在は個体の境界さえ曖昧だ。一塊になった雑妖は、輪に沿って液体のように流れ、壁となって取り囲む。

 薬師(くすし)(そば)だけは、その層が薄い。【魔除け】の護符は、小さくてもしっかり効力があった。


 クルィーロはアマナを抱え直し、運河を見詰めた。

 黒々と流れる水に火災の光が反射する。

 対岸は、消防団の働きで、火が消えた範囲がこちらより広かった。残った炎も、赤い舌をちろちろ(ひるがえ)すだけで、こちら側よりずっと弱い。その分、対岸の雑妖は多かった。


 ドポン


 水音に身が(すく)む。

 顔に影と不安を貼り付けた人々が、息を殺してニェフリート運河を注視する。

 どれくらい経ったのか、誰かがほっと息を吐いた。

 「魚だよ。……多分」

 男性の声で、止まった時が動き、場の空気が緩んだ。

 希望を含んだ発言だが、どうやらその通りらしい。運河から上がって来るモノの姿はない。


 エランティスが目を覚まし、幼子のようにぐずった。レノが妹に飴を与える。

 「あのおばさんにもらったんだ」

 「……おばさん、ありがとう」

 「いいえぇ。どういたしまして」

 けだるい声が礼を言うと、朗らかな声が応じた。


 魔力の充填が終わり、警官と薬師(くすし)が、それぞれ預かった物を返す。少年は【魔除け】の護符と【魔力の水晶】を握り、ニェフリート運河と向き合った。


 ピナティフィダが、意識のない父を抱えて(うつむ)く。

 パン屋のおじさんは目を覚まさない。もしかしなくても、この状況では永遠に目を覚さない可能性が高い。


 クルィーロは、暗い予想に沈みそうな心を何とか支え、アマナを抱きしめた。小さな妹を守る為にも、(くじ)ける訳にはゆかなかった。

 アマナも目を開いた。小さくなった炎を無言で見詰める。

 「起きたのか……もう夜だから、寝とけ」

 やわらかな髪を撫で、余計な物を見ないで済むよう、顔を胸に押し当てるように抱き直す。

 アマナも素直に甘え、作業服を(つか)んで兄の胸に頬を寄せた。



 天の星々は、地上の様子に関わりなく動き、夜が刻々と更けて行く。

 疲れ切って寝息を立てる者もいるが、大半が眠れずにいるようだ。


 雑妖の壁が、更に厚く高くなる。

 ざわめき、(ひし)めき、後から後から押し寄せ、個体の境さえ曖昧な塊になる。市街地に近い南側は、あっという間に人の背丈を越えた。


 熾火(おきび)のように残る焼け跡の火が、その壁の向こうで()けて見える。

 この世ならぬモノの壁は、確かにここに()るが、この世の光を(さえぎ)らない。


 クルィーロは東を見た。

 こちらも雑妖が分厚い壁を()すが、南よりも低い。その向こうの街区には、まっすぐ伸びる暗い領域があった。可燃物のない路地だ。

 雑妖は焼け跡から湧き、路地を通ってやってくる。



 クルィーロがうとうとし始めた時、不意に、左腕の折れた少年が声を発した。

 「おい、こいつ、冷てぇ」

 「息……してねぇ」

 「……死んでる」

 少年に続いて、中学生の声が、不吉な言葉を連ねる。


 眠れない人々が、輪の南で固まる一団に向き直った。

☆力なき民の中にも、作用力がなくて魔法は使えないけど、魔力だけは持ってる奴も居る……「0060.水晶に注ぐ力」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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