0052.隠れ家に突入
「そこの、青い屋根の家です」
パトカーの助手席で、ロークが一軒の民家を指差す。
ベリョーザの家族はセカンドカーを置いて行った。二台分の駐車スペースは一方が空だ。
パトカーがハザードランプを点灯させて速度を落とす。途中で合流した軍用車が横に並んだ。
「あ、あの、もし、ベリョーザさん、居たら、たっ助けてくれるんですよね?」
警官たちはロークの震える声に答えなかった。
パトカーと軍用車が目標の家を通り過ぎ、反対側の区画の角を曲がる。住宅街の入り組んだ細道に少し入って停車した。
庭木の枝が道へ張り出し、車は枝葉に隠れるが、こちらからはベリョーザ宅を含む区画がよく見えた。
「あの、俺、さっきからずっと考えてたんですけど、あの、あいつらって力なき民だから、銃とか爆弾とか毒ガスとか、あと、えーっと、何か、こう、よっぽど凄い武器、持ってんじゃないんですか?」
運転席の警官が、怪訝な顔でロークを見た。
ロークは何とかして、本当にそれらがあるのを伝えようと躍起になる。
自分の身元が割れるのは避けたいが、警官たちには、備えをした上で突入してもらいたかった。
怪しまれないように伝えようとすると、どうしても言えない言葉がある。信憑性も問題だ。
冷や汗をかきながら、言葉を重ねた。
「でなきゃ、こんなトコまで攻めて来られるワケないし、あの、お巡りさん、ベリョーザさん、大丈夫ですよね?」
「確認してみなければ、わからないな」
「で、でも、車、一台残ってたし、家に居るかもしれないじゃないですか」
「落ち着いて。今から確めに行くから、落ち着いて」
「そ……そんなコト言われたってッ! ベリョーザさんッ!」
「静かに。今から行くから、静かに待つんだ」
運転席の警官が、ロークの肩を叩いて落ち着かせようとする。
ロークは演技ではなく、本当に震えていた。これから起こることと、自分の身元がバレるのではないかと言う、二種類の恐怖に怯える。
「お巡りさんは防弾チョッキとか、防毒マスクとかあるからいいけど、ベリョーザさん、中で人質になってたら、どうなるんですか?」
「なるべく、安全を確保しながら対応するから、落ち着いて。車は二台持ってるんだね? その内の一台がないんなら、避難した後、空き巣に入られただけかもしれないだろう? 落ち着いて」
ロークの母の指示で、この家には三種類の洗剤が大量に保管されている。
混ぜ合わせて、塩素ガスや硫化水素を発生させる為だ。
避難所など、人の多い場所で実行する作戦で、今はその準備中だろう。住人のフリをして避難所に潜入し、人々が寝静まった夜間に有毒ガスを発生させる計画だ。
魔装兵が【姿隠し】を発動させた。軍用車のドアが音もなく開閉する。運転役以外の姿は車内にも車外にも見えない。
運転席以外の警察官もパトカーを降りた。ジュラルミンの盾と、簡易式の防塵・防毒マスクとゴーグルも身に着けている。
ベリョーザ宅がある区画で、端から順に呼び鈴を鳴らして回る。
他にテロリストが潜んでいないか。また、逃げ遅れた住人が巻き込まれないように、と言うことなのだろうが、ロークは気が気でなかった。
……もう、居るのわかってんだし、不意打ちしてくれりゃいいのに。
もどかしいが、ロークは素人だ。プロに口出しなどできない。
二軒、三軒……四軒目がベリョーザ宅だ。
ロークは息を止め、パトカーの助手席から様子を見守った。
警察官がベリョーザ宅の呼び鈴を鳴らす。
応答がない。
二階のカーテンが揺れ、僅かな隙間から人影が見えた。
もう一度、呼び鈴が鳴る。
玄関脇に突然、魔装兵が現れた。ドアノブに手を掛けて何事かする。
警官が銃を構えて待機する。ドアが開くと同時に銃撃戦が始まった。
「えッ? ちょッ! お巡りさんッ!」
思わず悲鳴を上げる。運転席の警官はシートベルトを外し、銃を構えた。
ベリョーザ一家が留守だと知っているが、心配する体で突入する警官たちを心配する。もし、星の道義勇軍のこの部隊が【吸魔の石盤】や【消魔符】を持っていれば、魔装兵の【鎧】が無効化されてしまうかもしれない。
……もし、そうなったら……
「お巡りさん、大丈夫なんですか、あれ! 何も見ないで撃って、ベリョーザさん、確めなくてッ!」
呪具や呪符の存在を確認せずに突入して大丈夫なのか。
「ここからでは、なんとも……パニセア・ユニ・フローラ様にお祈りして、待っててくれ」
やがて、静かになった。
警官の顔は強張ったままだ。
……毒ガスで全滅……とか、ないよな?
星の標だけでなく、星の道義勇兵にも自爆をも厭わず、一人でも多く魔法使いを殺すことに人生を捧げる者が居ると聞いた。
突入部隊を全滅させる為、捨て身の戦法を取る者が居るかもしれない。
ローク自身は、相討ちで敵を仕留めても意味がないと思っている。自治区民の考え方は到底、理解できなかった。
「あ、あのっ、ベリョーザさん、見に行……」
「ダメだ。待ちなさい」
腰を浮かすと、警官は片手でロークを押し留めた。
「あ、あの、お巡りさん、毒ガスでみんなやられたとかないですよね? 魔法使えない分、色々ヘンな武器とか持ってるかもだし、ベリョーザさん、助けてくれるんですよねッ?」
「今は、待つんだ」
毒ガスなら、早く救助しなければ助からない。だが、装備も魔力もない二人では、二次被害に遭うのがオチだ。
……クソッ! どうすれば……ッ!
待つしかないと分かっているが、ロークは焦燥感で居ても立っても居られなかった。
☆銃とか爆弾とか毒ガスとか/本当にそれらがある……「0036.義勇軍の計画」「0042.今後の作戦に」参照
☆自分の身元……「0035.隠れ一神教徒」参照
☆星の標……「0005.通勤の上り坂」参照




