0454.力の循環効率
「有難う、お兄さん。お陰で助かっちゃった」
「いえ……そんな。こちらこそ、お昼いただいちゃって」
クルィーロは、まだ名乗っていなかったと気付き、改めて自己紹介した。
魔法の道具屋の店主クロエーニィエが、描き終えたスケッチをカウンターに置いてクルィーロに見せる。
「クルィーロさん、これ、どう言う並びだと思う?」
「どうって……俺、魔法の修行サボってたんで」
「そう。これね、描き写しててわかったんだけど、魔力の循環効率がすっごくイイの」
「そうなんですか?」
クルィーロは、マントの端を持って描かれた呪印を見たが、ピンとこない。【編む葦切】学派の職人クロエーニィエが、瞳を輝かせてクルィーロの手を握った。
「これを応用すれば、少ない魔力で効率よく働く防具とかができそうよ。ありがとね」
……少ない魔力で、効率よく……か。
道理で、薬師アウェッラーナよりずっと魔力が弱いのにマントの【耐暑】などの術が全て発動し続ける筈だ。クルィーロは感心すると同時に情けなくなった。
メドヴェージが蔓草を編む手を止めて、クロエーニィエに聞く。
「するってぇと【魔力の水晶】を握りゃ、力なき民でもちょっとの間くらい使えるってのか?」
「このマントは色んな術が仕込まれてるから、【水晶】じゃあっという間に切れちゃうわね」
「なんでぇ」
メドヴェージが面白くなさそうに鼻を鳴らす。もし、メドヴェージがこのマントを使えれば、あの魔獣……鮮紅の飛蛇との戦いの結果は、違ったかもしれない。
クロエーニィエはクルィーロの手を放し、メドヴェージに向き直った。
「でも、術ひとつだけの【護りのリボン】なら、今までよりずっと長く使えるようになるわ」
「へぇ、どのくらいだい?」
「作ってみないとわかんないけど、今、ちょっと描いてみた感触じゃ、一時間を三時間くらいには延ばせそうね」
「三倍にもなんのか! そいつぁスゲェな!」
メドヴェージが手放しに喜び、豪快に笑う。不意にその笑いを引っ込め、声を潜めて聞いた。
「値段も、三倍にすんのか?」
「まっさかぁ! 流石にそこまでしないわよ。在庫が全部出たら切替えるし、そんな高くできないわ」
クロエーニィエが逞しい両手を分厚い胸板の前で振る。メドヴェージは安心したのか、蔓草細工を再開した。クルィーロもホッとする。
……もしもの時に【耐衝撃】のリボンがあったら、助かる率、上がりそうだな。
もしもの時などないに越したことはないが、今は戦争中……しかも、ここは敵国アーテルの領内だ。ランテルナ島民は魔法使いが多く、棄民同然に扱われ、アーテル政府に反感を持つ者は多いらしい。
この島には軍が常駐し、魔法使いやフラクシヌス教徒を監視する。キルクルス教の過激組織「星の標」による爆弾テロが頻発するが、アーテル軍はランテルナ自治区の住民を助けてくれなかった。
……何があるかわかんないもんなぁ。
「ねぇ、もしかして、今まで坊やが持って来てた帽子とかって、メドヴェージさんが作ってたの?」
「ん? 俺だけじゃねぇ。隊長や坊主も作ってたぞ」
「あら、あのコ、自分でも作ってたの?」
「違う違う、別の坊主だ」
蔓草細工の手を止め、苦笑する。メドヴェージは、クロエーニィエがマントの呪文と呪印の配置をスケッチする間、黙々と手を動かした。
採ってきたばかりの蔓草が、もう籠らしい形に組上がる。網目はきっちり揃い、所々繊細な飾り模様まで入る。一見、粗野な雰囲気のおっさんが作ったとは思えない出来栄えだ。
クロエーニィエが、メドヴェージの手元をうっとりと眺める。
「いい仕事ぶりだわぁ」
「おっ? わかるか?」
「そりゃそうよ。私だって職人なんだから」
クルィーロも開戦前はモノづくりに携わったが、工場で技師が設計した機械を組立てる作業だ。彼らの伝統工芸的な手仕事とは全く異なる。
それでも、彼らの腕の良さはわかった。
……ん? 魔力の循環を効率よく?
クルィーロは改めてスケッチを見た。複雑な形の呪印は、どれがどの術に対応するか、勉強不足でわからない。力ある言葉の呪文は、知らない単語も多いが、知っている単語を繋ぎ合わせれば、辛うじて何の呪文がどこに配置されたか、ぼんやり想像がついた。
……これを応用すればってコトは、普通に呪文唱えて魔法使う時もそうすれば、俺でももっと色んな術を使えるようになるんじゃないか?
今まで、魔力が足りないから無理だと思い込んで、諦めていた。
よく考えれば、開戦以来、何度も命懸けの状況で魔法を使い、必要に迫られて勉強した。【重力遮断】など、知らなかった術も短期間で使えるようになった。
みんなの暮らしを支える為に毎日、魔法を使い続ける。
特に【操水】の術は、ドーシチ市の屋敷で納期に追われながら、膨大な量の素材を下拵えしたお陰で、以前のクルィーロからは考えられないくらい上達した。操作の精度が上がり、一度に操れる水の量も格段に増えた。
……無意識に「魔力の循環を効率よく」ってのが、できるようになってたのか。
そう言えば、【炉】の術も、焼け跡を彷徨った頃は、一回使うだけでヘトヘトになったが、いつの間にか慣れて、疲れはあんなに酷くなくなり、全くできなかった火力の調節も、上手くできるようになった。
クルィーロは、自身の成長に思わず頬が緩んだ。
……拠点に戻ったら、呪医かアウェッラーナさんに【跳躍】を教えてもらおう。
ドーシチ市の商業組合長が、報酬として【魔力の水晶】をたくさんくれた。
クルィーロとアマナに割り当てられた分を全部使えば、万が一、アーテル軍になど襲われても、クルィーロとアマナ、レノと妹たちの五人だけでも、安全な場所に運べるかもしれない。
……さっきみたいにビビって頭真っ白になってるようじゃダメだ。
条件反射で呪文が口をついて出るくらい、非常事態の状況判断と、行動に慣れなければならない。クルィーロは新たに明確な目標を定め、どうすればできるようになるか考えた。
メドヴェージは、蔓草を編みながら、クロエーニィエと手仕事談議に花を咲かせる。お喋りしながらでも、手の動きは機械のように正確だ。運転に関しては、誰も彼に頭が上がらないが、偉ぶることはない。
魔獣との戦いでは、恐怖に支配されず、半分腰を抜かしてしまったクルィーロを守ってくれた。星の道義勇軍でどのくらい訓練を積んで、恐怖を克服できるようになったのか。
……いや、俺の望みは、戦って敵を倒すことじゃない。アマナたちを守りたいだけなんだ。
魔法の使えないアマナたちを守って戦うのは、余程の達人でも難しいだろう。だが、逃げること、生き延びることだけに行動を絞れば、何とかなるかもしれない。
クルィーロは、最初から「戦う」と言う選択肢がなければ、イザという時に迷いなく行動できそうな気がした。
☆さっきみたいにビビって頭真っ白……「444.森に舞う魔獣」参照
☆【重力遮断】……「0151.重力遮断の術」「0152.空襲後の地図」参照




