表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

455/3541

0446.職人とマント

 いつから居たのか、クルィーロの背後におっさんが(たたず)む。逞しい体躯は、レースやフリルがたっぷりあしらわれたパステルピンクのワンピースに包まれても、筋肉の隆起が見て取れた。


 「そのステキなマント、もっとよく見せてくれないかしら?」

 おっさんが、可愛く小首を傾げてみせる。ワンピースと同色のリボンを結んだツインテールの黒髪が揺れた。

 クルィーロが言葉を失って固まる。沈黙をどう解釈したのか、服装倒錯者のおっさんは両手を振って釈明した。

 「あっ、そのマントが欲しいワケじゃないの。私、魔法の服とか作る職人で、これも私が作ったんだけど、デザインの参考にちょっと見せて欲しいなって思って」


 ……あぁ、担いでる袋を降ろせって言ってるのか。


 ワンピースの(すそ)を可愛い仕草で摘まんでみせるおっさんの要求は、何とか理解できたが、クルィーロは動けなかった。

 レースに飾られた分厚い胸板で【編む葦切(ヨシキリ)】学派の徽章(きしょう)が輝く。職人なのは、嘘ではないのだろう。


 反応できないクルィーロにおっさんは更に言い(つの)る。

 「お昼ご飯まだだったら、ご馳走しちゃうけど、どう?」

 「えっ?」

 話が旨過ぎて、思わず声を漏らす。女装のおっさんは一瞬、ごつい顔を喜びに輝かせたが、真顔に戻って懇願(こんがん)した。

 「最近、デザインがマンネリ化してて困ってたのよ。そのマント、すごくステキなデザインだけど、どこで手に入れたの? もしかして、お兄さん、自分で作ったの?」

 「あ、いえ、違います。俺も、知り合いに譲ってもらったんで、製造場所とかはちょっと」


 ラクリマリス王国のドーシチ市で、薬師(くすし)アウェッラーナが学生たちからお礼にもらったものだ。薬師候補生が作ったのか、どこかで購入したかまではわからない。


 「そうなの。……ねぇ、見るだけだから、ちょっとだけお時間下さらない?」

 「兄ちゃん、渡りに船じゃねぇか。昼飯(おご)ってもらおうぜ」

 メドヴェージが軽い調子で言った。女装のおっさんは、思わぬ加勢に明るい声で聞く。

 「あら、お連れさん? ご飯は大勢の方が賑やかで楽しいから、大歓迎よ。美味しいお店知ってるから、何でも好きなの頼んでくれていいわ。どう?」

 「えぇっと……ホントにマント見せるだけでそんな……いいんですか?」

 「えぇ。私にとってはそのくらい大事なことなの」


 クルィーロが頷くと、おっさんはイイ笑顔で、そこの角を曲がったら近道だからとシャッターが下りた店の脇に二人を押し込むようにして、細い通路へ案内した。



 おっさんに案内された「美味しいお店」は、店の真ん中に立派な獅子像のある定食屋だ。

 「ここの制服も、私が作ったのよ」

 「へぇー……可愛らしいもんだな」

 メドヴェージが素直に感心する。給仕の女の子たちは、おっさんと似た雰囲気のエプロンドレス姿だ。


 ……着る人を選べばなぁ。


 クルィーロは内心苦笑したが、表情には出さずに聞いた。

 「あのー……すみません。地元の方ですよね? 竜胆(リンドウ)の看板の呪符屋さんって、ご存知ありませんか?」

 「ゲンティウスのお店?」

 「店長さんの呼称は知らないんですけど、湖の民のおじさんで、運び屋の女の人が常駐してるとこなんですけど」

 「あら、じゃあやっぱり、ゲンティウスのお店だわ。ついでだから、帰りに案内したげる」

 「有難うございます」

 クルィーロはホッとして、本日のおススメ定食を待つ間、マントを脱いで自称魔法の仕立屋に渡す。店員の態度で常連だとわかった。まさか顔見知りの店でヘンなことはするまい。


 ……定食屋さんとグルだったら、その時はその時だ。


 腹を(くく)って、おっさんの動きを注視する。

 おっさんはマントを広げ、背中に刺繍された呪印をじっくり見詰めた。真剣な眼差しが、呪印のひとつひとつを舐めるように辿(たど)る。


 クルィーロは【編む葦切(ヨシキリ)】学派や【飛翔する(タカ)】学派の術を知らない。どの呪印がどの呪文に対応するか、色や形にどのくらい自由度があるか、わからなかった。

 マンネリ化を云々すると言うことは、呪符や魔法陣とは違い、ある程度は融通が利くのだろう。


 メドヴェージがお(ひや)に喉を鳴らし、物珍しげにキョロキョロする。クルィーロもつられて店内を見回した。

 立派な獅子像の周囲に四人掛けのテーブル席が配置され、奥の厨房前と入口脇の壁際はカウンター席だ。満席で、給仕の女の子たちが忙しく席の間を行き交う。


 ……リストヴァー自治区には、こう言う店、なかったのかな?


 店内の調度品はどれも年代物だが、手入れが行き届き、清潔で落ち着いた雰囲気を醸し出す。

 料理は、ドーシチ市の屋敷のような豪勢な物ではないが、どの客も居心地のいい席で美味そうに口へ運ぶ。


 「ひょー、こりゃ美味そうだ」

 メドヴェージの声で、女装のおっさんがマントから顔を上げた。

 本日のおススメ定食は、魚の揚げ物と温野菜、タマネギのスープとパンだ。おっさんがマントを丁寧に畳んで、隣の空席に置いて微笑む。

 「さ、遠慮しないでどんどん召し上がれ」

 「いただきます」


 薬師(くすし)アウェッラーナは、呪符屋に納品する薬作りで忙しく、ここしばらく全く魚を獲りに行けない。久し振りの魚料理を前にして、クルィーロはアマナに半分持って帰りたくなった。


 ……あ、いや。食中毒、ヤベーよ。


 すぐに気付き、フォークを手に取る。揚げた切り身は、香辛料たっぷりの衣に包まれ、何の魚だかわからない。思い切って口に入れると、アツアツの魚肉と油と香辛料が一体となり、美味い以外の形容を思いつかない味が口いっぱいに広がった。

 空腹だったこともあり、どんどん食が進む。


 目の前の皿が空になり、お(ひや)を飲み干してやっと、人心地ついた。おっさんの皿には、まだ三分の一くらい残る。

 「あら、いい食べっぷりねぇ。デザートも頼んじゃう?」

 「えっ? いえ、流石にそんな」

 「いいのよ、いいのよ。私が食べ終わるの待ってる間、ヒマでしょ」

 おっさんは給仕の女の子を呼び止め、断る間もなく注文を通した。エプロンドレスをふわりと翻し、給仕の女の子が蝶のように軽やかな足取りで厨房へ戻る。


 「何から何まで、すまねぇな」

 メドヴェージが眉を下げる。女装のおっさんは、上品な所作で定食を食べ進めながら、片手をひらひら振った。


 デザートはブルーベリーのババロアで、甘酸っぱさが疲れた身体に沁み渡った。


 ……クッキーとかなら、アマナに持って帰ってやれたのにな。


 クルィーロはババロアの美味しさに涙が滲んだ。

 「あら、お兄さん、甘いのそんな苦手だった?」

 「あ……いえ」

 言った目尻から涙が一滴(ひとしずく)こぼれた。


 「あぁ、この兄ちゃんにゃ、小せぇ妹が居るんだ。あんまり美味ぇから、妹にも食わせてやりたいんだろうよ」

 声を詰まらせた本人に代わって、メドヴェージが説明してくれた。クルィーロが小さく頷くと、女装のおっさんは、まぁ……と呟いて眉根を寄せた。


 ……俺に【跳躍】が使えたら、今すぐ帰れるのに。


 情けなさに言葉も出ない。

 実際に魔獣と遭遇しても、戦うどころか、自分の身ひとつロクに守れなかった。

 呪医セプテントリオーに付き合ってもらって、あんなに練習した【不可視(みえず)の盾】を展開することさえ、思いつけなかった。ポケットに入れた【魔滅符(まめつ)】に至っては、存在自体忘れていた。

 呪文を唱えるどころか、腰を抜かして逃げることさえ覚束(おぼつか)なかった。


 バスが通りかからなければ、鮮紅(せんこう)飛蛇(ひだ)の毒牙に掛かり、肉を食われただろう。しかも、クルィーロは力ある民だ。単に自分一人が死ぬだけでは済まない。その魔力であれを大きく育て、被害を大きくするところだった。


 「何だか知らないけど、深い事情があるのね」

 女装のおっさんは、何も詮索せず、同情を寄せる。

 申し訳ないやら恥ずかしいやらで、クルィーロは肩で涙を拭うと、(うつむ)いたままババロアの残りを口に押し込んだ。

 折角、奢ってくれたものを残しては申し訳なかった。

☆学生たちからお礼にもらった……「0283.トラック出発」参照

☆呪医セプテントリオーに付き合ってもらって、あんなに練習……「0354.盾の実践訓練」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ