0438.特命の魔装兵
魔装兵ルベルは、相棒と二人でツマーンの森に居た。ムラークに背を預け、【索敵】に集中する。
機密情報と特命を与えられ、何日も捜索するが、みつからない。ネーニア島南部を覆うツマーンの森はあまりにも広大で、あの闇の塊を捜し出すのは、物がごちゃごちゃ詰め込まれた倉庫から一粒の種子を拾い出すに等しかった。
……餌は、北部の廃墟の方が多いのにな。
ルベル以外に魔哮砲の姿を知る哨戒兵は、ネーニア島北部の捜索に出されたが、本命ではない。防空艦レッスス沈没後の目撃情報は、ツマーンの森を横断する道路上だ。
「魔哮砲は元々、雑妖を掃除する為に開発された魔法生物だ」
先日、将軍の口から語られた機密は、あまりにも平和で、魔装兵ルベルは拍子抜けした。
その柔軟な身体は、雑妖が発生しやすい薄暗く狭い場所へも侵入できる。
捕食した雑妖は、内部に組込んだ術で魔力に変換し、魔法生物の生命維持に転用する。この為、使い魔の契約者は、通常の魔法生物を使役するよりずっと少ない魔力でこれを運用できる。
当時の国際的な規則に従って作られた為、勿論、繁殖力はなく、攻撃性はない。
だが、運用開始直後に、思わぬ設計ミスが発覚した。
「雑妖を過剰に与えると、魔力を消費しきれず、吐いてしまうのだ」
それが、防空艦上からアーテル空軍の編隊を壊滅させた“攻撃”だった。
ネモラリス軍は極秘裏に研究を重ね、食べさせた雑妖の量と貯蔵可能な魔力の量の関係、吐かせるタイミングの調整などを調べ上げた。吐かせ方によって、放出される魔力の形状や性質も変えられることもわかった。
……それはまぁ、言われてみれば、何パターンか見てたしな。
戦闘機の編隊を迎撃する場合は魔力を拡散させ、マスリーナ市で巨大な魔獣を倒した時は収斂した。ツマーンの森を薙ぎ払った時は、魔力が熱を帯びたらしい。
将軍たちネモラリス軍首脳部の見立てでは、森の奥から魔力を吐いた時、偶然、道路を横断中だった魔獣“火の雄牛”に当たったのだろう、とのことだ。
道路に設置された【魔除け】の石碑がある程度、魔哮砲の吐き出した魔力を吸収し、威力を落とした。付近の【魔除け】の効力が上がり、同時に魔力を吸収した火の雄牛が急成長した。
魔哮砲の移動にどの程度の時間を要したか不明だが、道路に出るまで、火の雄牛は強化された【魔除け】の範囲から脱出できず、暴れた。
そこへ、【魔力の水晶】か何か、魔力を吸収、貯蔵できる魔法の道具を積んだトラックが通りかかった。余剰魔力が吸収され、強化された結界が僅かに緩んだ。
……で、その緩んだところへ、火の雄牛が逃げ込んで、結果的にトラックを追い掛けるカタチになったって? ホントかよ?
魔装兵ルベルは密議の間では沈黙を守ったが、将軍の説明には半信半疑だ。あんなぐにゃぐにゃした動きだが、魔哮砲は、最大で乗用車と同程度の速度を出せると言う。
そんなモノをこの森で、【索敵】の術を使うとは言え、目視で捜すのだ。ルベルは我知らず、溜め息が漏れた。
……使い魔にする為に開発されたんだから、主が死んで野良化したら、じっとしてりゃいいのに。
「なぁ、ルベル?」
既にうんざりして気が散った所へ声を掛けられ、術が解けてしまった。通常の視力に戻った目で背後の相棒を振り返る。
「あれって、他の魔物や魔獣に食われたりしないのか?」
思いもよらなかったことを言われ、魔装兵ルベルは、相棒のムラークの黒い瞳を穴があく程、見詰めた。
「あ、すまん。【索敵】、解けちまったのか」
「いや、いい。その発想はなかった。そうだよな。魔物連中からしてみりゃ、ご馳走の詰まった袋みたいなモンだよな。何で全然気付かなかったんだろう」
「えぇっ? 自分で言っといてこんなコト言うのもアレだけど、ホントに食われたっぽいのか?」
「わからないけど、これだけ捜してみつからなくて、ラクリマリス人の目撃情報もない」
ネモラリス人の難民が写真を撮ったのは、二カ月近く前だ。あれから他の魔獣と鉢合わせして、食われた可能性が全くないとは言い切れない。
……あ、でも、食われたって証拠はないからなぁ。このまま終戦までずーっと、捜索任務をさせられるのか?
魔装兵ルベルには、こんな無駄な努力を続けるより、早めにこの可能性を報告して、哨戒任務に戻してもらった方が余程、国民の為になるように思えた。
「……もし、食われてたとしたら、巨大な魔力の塊だ。食った魔物や魔獣は、洒落にならないくらい巨大化してそうだぞ?」
「ん? あぁ、そっか。じゃあ、無事なのかな?」
ほんの軽い思いつきだったらしい。黒髪の魔装兵ムラークは、あっさり言を翻した。
仮に食ったとしても、雑妖を浄化して魔力に変換する術を組込んだ魔法生物だ。魔物に消化できるのか、いや、食べた魔物が無事で居られるか定かでない。
「やっぱ、捜さなきゃなんないのか。でも、その可能性は後で偉い人に報告するよ」
「そうか? 偉い人たちはとっくに考えてるかも知れないけどな」
……そうだよな。俺だって情報を全部教えてもらえたワケじゃない。魔物に捕食されるかどうか、食った魔物がどうなるか、お偉方は知ってるからこそ、捜せって言ってんだろうな。
「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹の眼
敵を逃さぬ蜂角鷹の眼 詳らかにせよ」
ルベルは諦めて【索敵】の術を掛け直した。
火の雄牛がトラックを追った後、取り残された魔哮砲はどこへ行ったのか。最大速度が乗用車並なら、少し目を放しただけで何キロも先へ移動してしまう。
雲を掴むような話だ。
魔法の鏡【鵠しき燭台】を借りられれば、最後に目撃された場所から手掛かりを得られるが、裁判所が貴重な備品を貸し出す筈がない。軍の動きに疑念を抱けば、使用後の【鵠しき燭台】本体から、何をしたか見られてしまう。機密を守る為、裁判所には決して協力を仰げなかった。




