0435.排除すべき敵
ファーキルは将来、ルフス大学に進学する為ではなく、外国のサイトを閲覧する為に共通語の勉強を頑張った。
読解力は中学生レベルを遙かに凌ぐ。ネットスラングもたくさん覚え、掲示板上で交わされる簡単な遣り取りなら、辞書なしでも大意を理解できた。
「そんな印象操作をすれば、キルクルス教徒の民衆が、異教徒を“社会から排除すべき敵”と認識してしまいます」
呪医セプテントリオーの声が険を帯びた。
「アルトン・ガザ大陸の国々は今、結構ヤバいレベルの不景気なんだ」
「不景気? どこかの一国ではなく、大陸全体が不景気なのですか?」
「グローバリズムの弊害って奴だ。経済的な繋がりが強いチヌカルクル・ノチウ大陸の国にも影響が出てる」
突然話題を変えたラゾールニクの言葉を鸚鵡返しに呟き、呪医セプテントリオーが考え込む。情報ゲリラは、長命人種の魔法使いの考えを妨げず、答えを待った。
「世界規模の巨大市場を形成した弊害……どこかの国で何かあれば、連鎖的に他の国々の景気も悪化する……と言うコトですか?」
「ご名答!」
ラゾールニクは、湖の民の魔法使いの聡明さを拍手で讃えた。
「不景気でカネがないから、連鎖的にスゲー色んな不幸が蔓延してるんだ。就職や恋愛、結婚、出産、育児、教育、介護、病気や怪我の治療、生活のあらゆるところに格差と不公平が出てる」
「医療にも差が出るのですか?」
魔法文明圏の医療者が、羅列された不幸に首を傾げる。
「科学文明国じゃ、後で薬草採って来るから診てくれってのは、やってない。カネが全てさ」
「それでは、貧しい人々はどうするのですか?」
「ホンキで貧しい人には、政府が一応、救済措置を採ってるけど、中途半端に貧乏な人は病院に行けない」
「そんな」
「職にあぶれた人、会社が倒産した人、職はあっても超忙しくて休みが取れない人、安月給で死ぬ程コキ使われてる人……その不平不満の捌け口を作って、ガス抜きしてるんだよ」
ラゾールニクの説明で、湖の民の呪医セプテントリオーが言葉を失う。
物思いに耽っていたファーキルは、話を聞いているのを示す為に口を開いた。
「そうやって、国内の異教徒への敵意を作ってサンドバッグにしてたけど、そんなコトしたって不満の根本的な原因は解決しないから、異教徒への憎しみだけがどんどん大きくなって、それでアルトン・ガザ大陸のキルクルス教国は、アーテルが起こした戦争をこっそり支援してるんでしょう」
魔法生物を兵器化した「絶対悪」としてネモラリス共和国を叩き潰せば、彼らのストレスを解消し、失墜したキルクルス教会の威信を回復できる、と思ったのだろう。
不幸の根本的な原因は全く解決しない。
単に気分のハナシだ。
若い世代は、キルクルス教会の二重規範に気付いた。もうこんな誤魔化しは通用しない時代なのに気付かないから、こんな愚行に走るのだろう。
「君、ホントに童顔の長命人種じゃなくて、ホントのホントに十代の子供?」
ラゾールニクが、ファーキルの顔をまじまじと見る。ファーキルは隣に座った情報ゲリラに頷いてみせた。
「SNSや掲示板の書き込みを見てると、そう言う話、いっぱい出てますよ。ラゾールニクさん、さっきのコンサートの動画をあっちこっちでUPして拡散してるんですよね」
「ん? あぁ、まぁな」
「どんなコメントがついてます?」
「アーテルでUPした分は、政府がすぐ消すから全部は読めてないけど、『ファンを裏切った』とか『不信心者!』とかって罵倒と、あのコたちを心配するコメントばっかだな。擁護したら宗教警察にマークされるから」
「外国のは?」
「そっちは賛否まっぷたつに割れてる。曲が大体、聖歌のアレンジだから、キルクルス教徒のファンが多いけど、単純にアイドルとして見てる異教徒のファンも居る。で、どっちがあのコたちの言い分に賛成してるか、わかるよな?」
「異教徒……でしょうね」
呪医セプテントリオーが自明のことを口にする。
ファーキルは同意しつつ、付け加えた。
「それと、異教徒のフリしたキルクルス教徒の人も、ですよね。前から信仰に違和感があった人たちが、あのリーダーのコの話を『自分と同じ意見だ』って思ってそうです」
ファーキル自身も、瞬く星っ娘のリーダー、アルキオーネと同じ思いをずっと抱えてきた。
誰にも言えない思いを国民的アイドルに肯定されたファン、この騒動で注目した者、キルクルス教社会の矛盾に気付いた者は、ファーキルと同じ高揚感に包まれ、アルキオーネたちと精神的な絆で結ばれたと錯覚するだろう。
ファーキルの中学では、生徒の大半が瞬く星っ娘のファンで、誰が一番カワイイかなどと下らない話で盛り上がり、派閥争いまでした。
今回の騒動に彼らがどう反応するか、見たい気もしたが、今はそんな瑣末事に関わっていられる状況ではない。
「あのコたちに感化されたファンの熱が冷めない内に、次の仕掛けを施さなきゃいけないんだけど、協力してくれないかな?」
諜報員の露草色の瞳がいたずらっぽく輝く。ファーキルは警戒に身を強張らせ、無言で様子を窺った。呪医セプテントリオーがラゾールニクを窘める。
「ファーキル君はラクリマリス人です。これ以上、我々の戦いに巻き込むのは」
「でも、今はここに居る。そうだろ?」
ファーキルは呪医の気遣いを有難く思ったが、ラゾールニクの言葉に頷いた。
「“真実を探す旅人”さんにとっても、悪いハナシじゃないさ。作戦を聞くだけでも、聞いてくれないかな?」
SNSのアカウント名を出され、ファーキルは窓へ目を向けた。
自分のタブレット端末を充電する為、分厚いカーテンを開け放ってある。窓越しに夏の強い光が見えるが、日が高く昇って室内には差し込まない。窓枠に切り取られた庭園には、夏咲きの白薔薇が咲き誇る。時間的にフル充電にはまだ遠い。
「聞いてしまったら、後戻りできないのでしょう? 彼は」
「ラクリマリスに帰ろうと思えば、一人で帰れるけど、ここに留まってる。もう仲間って認めてやんなよ、呪医」
諜報員が呪医の言葉を遮った。ファーキルは露草色の目を見て答える。
「もう、一人で帰ったって仕方ないんです。移動販売のみんなに迷惑が掛からないなら、教えて下さい」
「そうこなくちゃ」
ラゾールニクは、ファーキルの肩を叩いて作戦の詳細を語った。
☆さっきのコンサートの動画……「430.大混乱の動画」参照
☆真実を探す旅人……「0188.真実を伝える」参照




