0424.旧知との再会
食堂の席は、店の前で考え事をする間に半分くらい埋まった。
「席はどこでもいいわよね」
クロエーニィエが、さっさと隅の席へ向かった。ファーキルと呪医セプテントリオーは慌てて後を追う。四人掛けの卓に落ち着き、改めて店内を見回した。
店の中央に実物大の獅子像が一体置かれ、その周囲に木製の卓が配置される。扉付近の壁沿いと、店の奥はカウンター席だ。奥のカウンター席の向こうに厨房が見えた。
「遠慮しないで、何でも好きな物、頼んでね」
二人は礼を言って壁に貼り出されたメニューを見上げた。品数は少ない。
……値段、書いてないんだな。
あまり高価な料理は遠慮したいが、わからないのでは仕方がない。ファーキルは無難に「今日の定食」に決めた。
「あら、郭公の店長さん、珍しい。お友達ですか?」
注文を取りに来た緑髪の娘は、可愛らしいエプロンドレス姿で、クロエーニィエが店で着る物と同じ型の色違いだ。髪の色に合わせて全体が緑系で統一され、レースの白と深緑のリボンが爽やかな印象を与えてよく似合う。
「お友達って言うか、昔、お世話になった方と、そのお連れさんね」
「いえ、私の方こそお世話に」
「呪医さんでいらっしゃるんですね。これからご贔屓に」
給仕の娘が【青き片翼】学派の徽章を見て笑顔を向ける。
「ここは、初めてではないんですよ。旧王国時代に何度か来たのですが、代替わりしたのですね」
呪医セプテントリオーが言うと、給仕の娘は小さく首を傾げて応えた。
「私、三年くらい前に雇われたばかりで、昔のコト知らないんですよ。後で店長に聞いてみますね。ご注文、お決まりですか?」
「私はいつもの。呪医たち、遠慮しないで好きなの言ってね」
「私は、湖の定食をお願いします」
「俺、今日の定食で」
給仕の娘が奥の厨房へ注文を通し、できあがった料理を他のテーブルへ運ぶ。
「ここへは、よく来られるのですか?」
「えぇ。懐かしくって、つい、ね。でも、店長さんとは話したコトないわ」
「えっ? どうしてですか?」
ファーキルは思わず聞いた。
長命人種のクロエーニィエが、淋しげに睫毛を伏せる。
「だって、もし、亡くなってたらって思ったら、確めるの……怖いじゃない。知らなければ、私の中ではずーっと生きてるのよ」
「そうですか……ですが」
「言わないで。私も、わかってて言ってるんだから」
クロエーニィエが、呪医の言葉を遮った。
「私は……呪医程たくさんのお別れを経験してないし、強くもないの。こんな性格だから、あんまり前線に出なかったのよ」
呪医セプテントリオーは、俯いたクロエーニィエに掛ける言葉がみつからないのか、何か言おうとして口を噤み、視線を落とした。
ファーキルは重苦しい沈黙に居たたまれなくなり、鞄からタブレット端末を取り出した。ブラウザを起動し、ポータルサイトの新着ニュースをチェックする。
ラニスタ南部でM三の地震
アーテルの小麦相場乱高下
行方不明の国会議員は無事
アイドル瞬く星っ娘が分裂
……ラニスタの地震は、ま、いっか。小麦の値段上がったら、店長さんが大変そうだな。
ファーキルは、経済ニュースの最新記事の見出しをタップした。
開戦後、ラクリマリス王国による湖上封鎖の影響で、アーテル市場では輸入小麦の上場傾向が続く。そこへ複数の個人投資家が、投機目的で大口売買を繰返した。取引がまともに機能せず、ストップ高やストップ安で小麦相場は大荒れに荒れた。
関連して、製粉会社の株式が軒並み値崩れを起こした。最安値をつけた銘柄が記事の末尾にずらずら並ぶ。
食品や外食関連株も、大手製パン会社や製麺会社を中心に煽りを受け、値を下げた。値下がりを好機と捉えた投資家の買い注文が入り、こちらは比較的マシな下げ幅に留まる。
八月の小麦相場と株式相場の折れ線グラフが完全に連動する。十三日から小麦価格の乱高下が始まり、半日から一日遅れで株式が後を追う形だ。
中学生のファーキルには、相場のことはよくわからなかったが、何やら大変なことになったらしいとだけは、充分伝わった。
記事下には新着記事一覧がある。
ファーキルは少し気分を変えようと、芸能ニュースの新着を開いた。
アイドルグループ「瞬く星っ娘」が先日のコンサートで解散を宣言し、残留メンバー二人で同名のユニットを再結成する云々とある。
事務所の発表と、解散の経緯の概要が続き、関連記事にメンバーの個別コメントと、発端となった事件の記事へのリンクがあった。
八月初旬、メンバーの一人が魔物に襲われ、重傷を負った。未だに入院中で、本人がアイドル活動を辞めたい、と事務所に申し出たと言う。
先日のコンサートは、そのメンバー抜きで開催された。
事務所は引退の意向を伏せたが、他のメンバーがアンコール前のMCで暴露。入院中のメンバーも含め、七人中五人がその場で引退表明したと言う。
残留メンバーも、寝耳に水だったらしい。引退表明したメンバーは、アンコール曲を歌わず舞台袖に引っ込み、会場とステージが騒然となった。
その様子を撮影した動画がネットに流出。ファン以外にも伝わり、騒ぎがより一層大きくなった云々とある。
違法に撮影された動画は、事務所と音楽会社の抗議で即座に削除されたが、既に多数のファンや野次馬がダウンロード済みで、公開と削除のイタチごっこが続く。
……いや、もう……これ、どっからつっこめばいいんだ?
まず、戦争中にアイドルのコンサートを開催した暢気さに驚いた。戦争そっちのけの解散騒動も、平和ボケ過ぎて溜め息すら出ない。
「呪医、お久し振りです」
テーブルに料理が並び、ファーキルは端末から顔を上げた。給仕の娘が一礼して厨房に引っ込む。
獅子のたてがみのような赤毛が皺深い笑顔を縁取る。
「ずっと来てくれてたんですか? 湖の民だけあって水臭い。一声掛けてくれれば、おかずの一品もサービスしたのに」
調理服姿の男性が呪医セプテントリオーに軽口を叩く。年配の料理人も長命人種で、軍医時代からの知り合いらしい。
「お久し振りです。私は今日が……あれから初めてです。ずっと通っていたのはクロエーニィエですよ」
セプテントリオーが苦笑して、向かいに座ったクロエーニィエに視線を向けた。料理人の眼が、少女趣味なワンピースを纏う逞しいおっさんに釘付けになる。
「……ひょっとして、騎士様……ですか?」
「もうー、やめてよー。今はもう辞めて、自分のお店持ってるんだからぁー」
「自分のお店」
料理人が真顔で聞き返す。
クロエーニィエは、忙しく働く給仕の娘たちを目で示した。
「あのエプロンドレス、私が作ったの」
「ひぇッ」
料理人は額の汗を拭い、慌てて言った。
「あぁ、えぇっと、そういや、騎士様、道具担当の方でしたよね」
「だから、騎士様ってのはもうやめてってば。今は魔法のカワイイ物屋さん“郭公の巣”の店長よ」
「は……はぁ」
料理人は、湖の民の呪医に助けを求める目を向けたが、セプテントリオーは苦笑するだけで何も言わない。
「じゃ、冷めない内にどうぞ。後でデザート、サービスしますんでごゆっくり」
料理人は全て埋まった客席に気付き、そそくさと厨房へ引き返した。
☆「お久し振りです。私は今日が……あれから初めてです」……「382.腥風樹の被害」「384.懐かしむ二人」参照。




