表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

389/3541

0382.腥風樹の被害

 ファーキルは、ズボンのポケットに【魔力の水晶】を幾つも詰めた小袋、ハンカチ、地図を入れた。タブレット端末に重ねて書き写したランテルナ島の地図だ。

 主要道路の地図を出し、影の向きで方角を確めて、島の外周を巡る車道を南へ歩く。右手は青々と茂る森、左手の水平線上には島影が揺らいで見えた。


 ……影の向きがこうだから、フナリス群島だな。


 ラキュス湖に目を向ける。隣を歩く呪医もつられて、穏やかにきらめく水面を見た。女神パニセア・ユニ・フローラの涙は、人間の戦争とは無関係に夏の日射しを受け、水晶の破片をちりばめたような光を(たた)える。

 ラクリマリス王国による湖上封鎖で、船影はひとつもなかった。

 顎紐をしっかり締めた蔓草(つるくさ)の帽子が煽られる。湖の風は涼しいが、アスファルトの照り返しがファーキルをじりじり炙った。


 「今から行くのは、どんな街なのですか?」

 「地上はカルダフストヴォー市で、普通の住宅街と商店街とかあって、かなり広くて、建物は魔法で守られてますけど、電気とインターネットも使えるとこが多いです」

 「ゼルノー市に似てるんですね。……地上は……と言うことは、地下街もあるのですね?」

 「はい。地下は、お店とかが多いチェルノクニージニクって言う別の街です」

 「無事だったのですか」

 「えっ?」

 ファーキルは思わず足を止めて呪医を見た。怪訝な顔で少年を見る呪医は、魔法の白衣のお陰で汗ひとつかいていない。


 「私が知る旧王国時代の街は、チェルノクニージニクです。地上は畑で、地下が街でした」

 長命人種の呪医は前を向いて歩き始めた。ファーキルも再び足を進めながら、呪医セプテントリオーの話に耳を傾ける。


 「当時、この島には恐ろしい植物が生えていたので、人々は主に地下で暮らしたのですよ」

 「恐ろしい……植物?」

 「異界からこの世に迷い込んだモノです。樹液などに強い毒があって、この世の鳥や動物、虫などは、近付くだけで死んでしまいました」

 「それって……焼いたりとかは?」

 「毒の成分が煙に混じって拡散して、大勢亡くなりました」

 ファーキルは絶句したが、辛うじて立ち止まらず、歩みを進めた。


 中学生のファーキルが簡単に思いつく対策は、とっくの昔に試されて、最悪の結果をもたらしたのだ。呪医の声は(かげ)ったが、愚かな少年を(とが)める気配はない。


 蔓草細工の帽子が、二人の顔に濃い影を落とす。緑色の髪をなびかせ、呪医セプテントリオーは昔語りを続けた。

 「ある程度太い根が残ればそこから再生し、硬く厚い殻に覆われた種子は、火に(くべ)ても数日間は持ち(こた)えました」

 「えっ……そんなのって……今……今は、もう生えてないんですよね?」

 質問する声が震える。ファーキルは、景色が灰色になった気がした。


 「はい。共和制に移行する少し前に全て駆除されました」

 呪医は遠くを見る目をして、人間と植物の戦いを語る。


 その植物――腥風樹(せいふうじゅ)は、春から秋にかけての日中、条件のいい土地を求めて土中から根を抜き、移動する。そこを遠距離から氷の術で凍結させ、砕いて皮袋に詰める。厳重に結界を敷いた上で【日輪(ひのわ)(はし)】で焼き払い、或いは【送還】の術で異界へ送り返した。


 「えっ……? 焼くの、ダメなんじゃ?」

 「数百度程度の低温の炎では、毒の煙が出ましたが、流石に太陽の表面を借りて来る術では、毒も燃え尽きましたよ」

 「それって、呪医(せんせい)も使えるんですか?」

 「いいえ。私では到底、魔力が足りません」

 湖の民の呪医は苦笑した。

 「王族にお出まし願って、焼き払っていただきました」


 ゴミ焼却もそうだ。

 八百度以下の焼却炉ではダイオキシン類が発生し、煙に混じって周辺に拡散してしまう。高温炉なら発生を抑えられるが、炉の耐熱性向上には莫大な費用が掛かる為、たくさんは設置できないのだ。


 「春に花が咲いて、その香りにも毒がありましたし、散った花弁(はなびら)の回収や、秋は落葉を集めるのも一苦労でしたよ」

 「(ほうき)で集めるの、ムリそうですもんね」

 「えぇ。【操水】で集めると水が汚染されます。汚染水をそのまま捨てると、廃棄場所のこの世の植物が枯れて、それを燃やすとまた毒の煙が」

 「えっ? それってどうやって片付けたんですか?」

 「上手な人が【操水】で集めて、溶け込んだ毒の成分も落ち葉と一緒に皮袋に捨てて……後は本体と同じですが、何せ、大変でしたね」



 腥風樹(せいふうじゅ)がランテルナ島に生えて以来、人々は千年以上に(わた)ってこの忌々しい異界の植物と戦い続けた。命懸けの研究によって、少しずつ対策が編み出された。


 腥風樹が来た土地は降雨後、毒の成分が土に染み込んで周辺の植物が枯死する。ミミズなども死滅し、土が痩せた。

 畑に侵入されぬよう、厳重に結界を施すが、維持が大変な上、花の香りや落葉の欠片までは防げない。


 移動が土の地面に限られるとわかったのは、腥風樹(せいふうじゅ)が南北のヴィエートフィ大橋を渡れないと、橋の警備兵が気付いたからだ。以後、畑の周囲には十メートル幅の石畳が敷かれた。

 凍結と高温での焼却なら安全だとわかってからは、飛躍的に駆除が進んだ。



 「それでも、三百年くらい掛かりましたけどね。種子は赤くてドングリくらいの大きさなのですが、毒がないので、リスなどが埋めてしまって」

 「うわぁ……それって、もう居ないんですよね?」

 「えぇ。それに、また生えてきたら、地上の街は大変なことになっていますよ。あれのせいで、この島にあった街や村は、住まいを地下に移したチェルノクニージニク以外、全て滅びたのですから」

 呪医セプテントリオーの昔語りに、ファーキルは言葉を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ