0367.廃墟の拠点で
そこだけ瓦礫が撤去された広場だ。周囲はビルの残骸や、基礎だけ残る焼跡で、まともな建物はひとつもない。
道も瓦礫に埋もれ、通れそうな所は見当たらなかった。
「それでは、お気を付けて」
心配な声を残し、緑髪の呪医はもう一度同じ呪文を唱えて姿を消した。
七人の他に人影はなく、夏の陽射しがこの時間でも肌に刺さる。
「こっちだ」
葬儀屋アゴーニに先導され、元が何階建てかわからないビルの廃墟に足を踏み入れた。一歩影に入ると、ひんやりした空気に包まれてホッとする。
日の射さない場所だが、雑妖の姿はなかった。放送局の廃墟同様、まだ術が生きているのだろう。
葬儀屋が廊下の角を曲がった。剥がれた内装材や、爆風で吹き飛んだガラス片などが、靴の下で音を立てて割れる。裏口から抜け、平らな瓦礫を乗り越えて廃墟の間を行く。
瓦礫の影や術が切れた廃墟には、雑妖が犇めく。
「何でアジトに直接、跳ばねぇんだ?」
ふと疑問が口をついて出た。振り向きもせず、呪符職人が答える。
「こんな有様だけど、所々【跳躍】除けの結界が生きてるんだよ」
「それに、拠点の近くを片付けちまったら、それが目印になって空襲の的にされかねん」
一番後ろを歩く武器職人も、少年兵モーフに答えを与えてくれた。納得の印に頷き、黙ってついて行く。
焼け焦げた街路樹は葉を付けず、湖の民アゴーニの髪だけが緑だ。白く埃っぽい瓦礫と煤けた灰色の廃墟、黒い焼跡を抜け、葬儀屋は三階建てのビルの前で足を止めた。
窓ガラスこそないが、ほぼ原形を留める。周囲のビルは崩壊てこのビルを半ば埋める。
武器職人が、少年兵モーフの知らない言葉で何か言うと、正面の鉄扉が音もなく開いた。葬儀屋と武器職人に続いて入る。
雑妖は見当たらず、さっき通り抜けた廃墟よりずっと涼しい。少年兵モーフは両腕をさすった。
「寒いか?」
「あ、いえ、平気っス」
ソルニャーク隊長に聞かれ、少年兵モーフは背筋を伸ばした。寒がったところで上着が手に入るとは思えない。
隊長もそれ以上言わず、魔法使いたちについて行く。
ピナの兄貴は寒くないのか、モーフの前を普通に歩く。
「ここは便所。一日の終わりに処理するから、他んとこではカンベンな」
放送局と似たようなトイレの前を通り過ぎながら、葬儀屋が言う。
建物内部の傷みは少なく、割れたガラスは片付けてあった。扉が開け放たれた部屋は、机や棚が倒れておらず、床に物が散乱していない。
武闘派ゲリラが全部の部屋を片付けたとは思えない。ここは放送局より丈夫なのだろう。
「みんなは二階に住んでる。僕たちは三階で色々作ってる。武器庫も三階だ」
「窓はこの通りだが、こいつの呪符で守りを固め直して、それなりに安全だ」
呪符職人と武器職人が、奥の階段を昇りながら説明した。
……ここも、あの家みてぇに力なき民は入れねぇから、歩哨とか居ねぇのかな。
アーテル軍が地上部隊を投入していないからか、誰も降りて来なかった。
……それにしても、不用心だよな。俺らが火事場泥棒だったらどうすんだよ。
「先に武器を見せてくれ」
ソルニャーク隊長の一言で、二階に出ず、三階へ上がった。
「生活物資の類はその辺の廃墟から持ち出したモンだ。保存食もそこそこある」
葬儀屋アゴーニがゴミ処理を説明した。ベッドと寝具、着替えや調理器具もそれなりに充実していると言う。
それらを生活再建ではなく、復讐の仮住まいに使うのが、少年兵モーフには不思議だ。
……俺らは元から持ってなかったのに。
リストヴァー自治区のバラック街でこれだけの物があれば、ちょっとした財産家だ。
事故や魔物で家族を喪い、一人きりになった人なんて数えきれないくらい居る。でも、誰も、工場や魔物に復讐なんかしない。
勝ち目がないのにそんなコトしようなどと思う者は、一人も居なかった。
……ここの奴らは、アーテルとやりあって勝ち目あると思ってんだろなぁ。
冬のあの日、モーフたち星の道義勇軍は武装蜂起した。
よりよい明日が手に入ると信じた多くの同志が集い、何年も掛けて念入りに計画を立てて準備して、秘かにアーテルやラニスタの支援を受け、ゼルノー市の警察やネモラリス軍の治安部隊に勝てると思った。
生き残ったのは多分、少年兵モーフたち三人だけだ。
アーテル・ラニスタ連合軍は、星の道義勇軍の存在を知りながら、都市への無差別爆撃を行った。
……街と一緒に焼き払って、口封じしようとしたのか? 何で?
その疑問は流石に、ここでは口に出せない。武闘派ゲリラも、他所に支援者が居るようだが、そいつらが裏切らないとは言い切れない。
それなのに、何かを勝ち取る為や守る為ではなく、復讐の戦いに生命を懸ける気持ちがわからなかった。
三階は、廊下の両側に扉が向かい合い、合計八部屋ある。
「武器庫は手前の二部屋、その隣は素材の倉庫、奥が俺らの作業部屋と寝床だ」
武器職人が、階段に一番近い扉を開けた。
端に寄せた事務机の上と床にたくさんの銃がある。床の段ボールを覗くと、防弾べストや弾がごちゃ混ぜに突っ込んであった。
ソルニャーク隊長が、乱雑な机の上をざっと見回し、段ボールをひとつずつ見て歩く。一通り見て、何も言わずに向かいの部屋へ移動する。少年兵モーフや他のみんなもついて入った。
もう一方の部屋は、機関銃が銃口をこちらに向けて置いてあった。少年兵モーフがトラックの荷台で使ったのと同じ型だ。
ピナの兄貴が戸口で足を止め、表情のない顔で室内を見回す。
他は、さっきの部屋と同じような品揃えで、こちらには手榴弾の類もあった。手当たり次第に持ち出したのか、軍用ナイフや音響閃光弾、催涙弾まで混ざる。
「どこで調達した武器だ?」
「アーテル軍の基地や警察署からかっぱらったって言ってたな」
ソルニャーク隊長の質問に武器職人が答えた。
「武器に発信機を付けられて、アーテル領内の拠点を空襲されたんでな、今はこの拠点に引っ込んでる」
「一応、服だけ熱湯で丸洗いしたけど、他は壊れそうだから、何もしてないよ」
呪符職人が段ボールから防弾べストを掴み出して言った。
「誰か、武器の数と種類を把握しているか?」
「いや? みんなテキトーにかっぱらってきて、僕たちもよくわかんないから、テキトーに置いてるだけ」
「そうか。ならばまず、武器の分類と数量の確認からだな」
ソルニャーク隊長が苦笑する。呪符職人は、怪訝な顔で首を傾げた。
「引き金引いたら、誰でも戦えるんじゃないのか?」
「銃は弾がなければ戦えない。弾があっても種類が違えば使えない。手榴弾も、殺傷力のある物とない物が混ざっている」
「そっか。他のみんなも呼ぶ?」
「いや、あまり大人数では却って作業し難い。後方支援担当のあなた方が覚えた方がよかろう」
ソルニャーク隊長に言われ、呪符職人と武器職人は顔を見合わせた。目顔で何事か語り、隊長に向き直って頷く。
葬儀屋が聞いた。
「他のみんなはどうしてりゃいい?」
「武器を持ち出していれば、ここに返却。後は、手伝いたいと言う者があれば、三人以内に絞って連れて来てくれ」
「あいよっ」
葬儀屋アゴーニは、軽い足取りで武器庫を出て行った。
☆放送局の廃墟……「0109.壊れた放送局」参照
☆放送局と似たようなトイレ……「0125.パンを仕込む」参照
☆アーテル領内の拠点を空襲された……「0269.失われた拠点」参照




